脱ガラパゴス戦略と逆転のグローバル戦略

色々忙しくて、久しぶりのブログのアップになってしまった。5月28日にiPadが発売され、生活者目線から見たクラウド的サービスでは、紙の書籍、レンタルビデオアクトビラ(NHKオンデマンド)などが不要になる予感を高めるものになった。こうしたパラダイムシフトの動きの中で日系エレクトロニクス・メーカーの存在感は益々遠くなったような気がする。
日本企業のガラパゴス化が言われて久しい。このブログでも何度も様々な文献の紹介をしながら問題提起と処方箋の方向性について述べてきた。2009年5月4日付のエントリーでも紹介した2008年9月に野村証券産業戦略調査室の宮崎氏著の「ガラパゴス化する日本の製造業」では、デジタル化・グローバル化が進む世界市場で勝ち抜く日本企業のビジネス戦略は、韓国、台湾企業と直接勝負を避ける以下のような分野への進出が重要だと指摘していた。
1.擦り合わせ技術が活かせる分野
2.機械的な機構部品が必要な分野
3.環境問題などで厳しい制約条件がある分野
4.製造ノウハウが外部流出しにくい分野
5.命にかかわり、事故が絶対に許されない分野
6.顧客から製造コストがみえないようにすること
7.最先端の技術力を発揮できる成長市場がある分野
今、エレクトロニクス企業で進んだデジタル化、世界標準化の動きが自動車産業にも及んでおり、日系メーカーが強みとしていた擦り合わせ技術を要する工程もどんどん減少しようとしている。
ただ、「ガラパゴス化する日本の製造業」で分析・指摘された点は、正鵠を射ているものの、日本企業が具体的にどのような取組施策については、検討課題の指摘に留まっていた感が残っていた。
その処方箋として書かれたのが「脱ガラパゴス戦略
〜台頭する新興国市場の攻略法」とのことである。

脱ガラパゴス戦略

脱ガラパゴス戦略

この本は、10年後の2020年の主要新興国ボリュームゾーンの所得成長予測を行い、日本が今後どのような地域にどのような対応をすべきかを産業調査論的な視点から提言している。これに対して企業の経営戦略の視点から方策をしめしているのが、アクセンチュアの西村裕二氏が書いた「逆転のグローバル戦略 〜ローエンドから攻めあがれ」だ(2010年2月7日付エントリー参照)
以下、「脱ガラパゴス戦略」の概要を紹介した後、「逆転のグローバル戦略」と対比して両者の議論を補完してみたい。

存在感を増す中国と日本の立ち位置・・・日本が対処すべき課題
2010年は世界第2位のGDPの座にあった日が中国に抜かれると言われている1年だが、物価水準の違いを考慮した購買力平価ベース(≒物量ベース)のGDPでは、2005年で日本が3兆4670億ドルに対して、中国は7兆7260億ドル(米国は11兆850億ドル)と、既に中国が日本の2.2倍程度上回っているというデータがある(日本経済研究センター「超長期予測〜老いるアジア」)。これが2020年になると、日本が4兆2410億ドルに対して、中国は17兆3340億ドル(米国16兆7460億ドル)と4倍超の格差に拡大し、中国は米国と質実ともに並ぶという。まさに米中2強時代に日本は如何に対処するかが問われている訳だ。
ただ、10年後、中国が世界の覇権国になっているかというと、経済力ではそこそこの地位を築いても、中国文化・社会力が世界標準にはならないだろうし、軍事力でも覇権国の地位は求めていない状況が続くだろうとのことだ。
こうした状況下にある10年後に向けて日本が考えるべきことは、(1)中国に代表される新興国の成長を積極的に取り込むこと、(2)ハイブリッドカー、電気自動車、燃料電池車などの環境対応車や、原子力、LED照明など環境ビジネスを積極的に伸ばすこと、(3)地方都市のコンパクトシティ化や医療・介護報酬の引き上げによる内需拡大、(4)GDP規模に代わる新たな目標をつくることだという。
4番目のGDPに代わる目標例として、例えば自動車、家電、精密・事務機、建設機械、工作機械・ロボット産業など日本が優位に立てそうな分野では世界トップ5など、産業毎、あるいはアジアでトップなど地域毎の目標指標などがあるのではないかと言う。

それでは、どのように新興国の成長を取り込むか?
新興国の成長を取り込むためには、国内での成功体験を捨ててゼロベースで現地の市場ニーズを読み取り、顧客に合ったものづくりやサービスづくりが必要なことは言うまでもない。新興国開拓で成功している韓国企業の成功要因は以下の3点が挙げられるという。
(1)ハイエンドからローエンドまで全面展開していること
(2)現地に根差した大規模な広告宣伝、
(3)ローカル向け商品開発の徹底
ただ、野村総合研究所の調査によれば、韓国企業も真のブランド力の浸透にまでは至っておらず、日本企業が得意とする自動車や家電などの耐久消費財への関心が高まる世帯年間収入が1万ドルを超える消費ターゲット層を如何に取り込むかが重要だという。
因みに、現在の新興国ボリュームゾーンの世帯年間収入は、中国=2006年 約3000ドル、これが2020年に約1万1000ドル。インド=2006年 約2000ドル、これが2020年に約4000ドル。ブラジル=2006年 約5000ドル、これが2020年に約2万ドルに増加すると予想されている。マーケティングを進めるうえで重要になるのがボリュームゾーンの所得が大きくなるスピード「富化速度」で、これを加味すると、中国、ブラジル、インドネシアが将来の有望市場だという。
こうしたマーケティングターゲットを定めた上で、日本企業が取るべき戦略は、トヨタウェイに見られるような、(1)「日本製品に対するあこがれ」を植え付ける戦略、(2)完全なローカル化戦略ではなく、ちょっとしたローカル習慣取り込み工夫戦略、(3)マネジメントレベルの現地化戦略が大事だという。

産業別にみる脱ガラパゴス戦略
(1)携帯電話
ボリュームゾーン新興国で、どこまでブランド価値を毀損せずに品質・価格を下げられるかに挑戦すること。そのために部品の共通化のための企業のネットワーク化や現地企業との協力関係の構築が不可欠になるという。
(2)自動車
高すぎて売れない「プリウス」の教訓や電気自動車の普及で将来的に開発と生産が切り離され、水平分業化の可能性が否定できないなかで、安全性や快適性も重要な選択基準であることを訴える「ブランド力」の維持向上に加えて、技術の標準化を進めるための仲間づくりが益々重要になるという。
(3)農業
農産加工製品の品質の高さ、農業生産性の高さを裏打ちさせている農耕機具の技術力の高さ、品種改良技術力など日本の農業技術の優位性は高い。これをグローバルベースで収益化するためには、(1)現地を豊かにするための開発、(2)日本の食糧確保のために海外生産と輸入、(3)日本農産製品の輸出など、グローバル化の目を明確にしてビジネス化することが重要になるという。
(4)環境・エネルギー
地産地消型の環境・エネルギー事業については、シャープのイタリアの電力会社エネル社との共同投資を伴った共同事業展開の例のように、投資と仲間づくりを通じて地産地消を進め、特許技術戦略に嵌り過ぎないことが大事だという。

構造改革の必要性
ガラパゴスを実行するためには、それを邪魔している以下のような意識改革が必要だという。
(1)日本文化を卑下せず、むしろこれを武器にして海外展開を図る
(2)目先に見える市場ではなく、「富化速度」を先読みした10年先を見越したまだ競争のない未開拓市場である「ブルーオーシャン」を目指すべき
(3)国民生活の質を向上させてゆくための「あこがれのストーリー」を売り込む
(4)技術と文化の両輪で日本を売り込む
(5)日本文化をグローバルに語れる教育の構造改革が必要
(6)若者を中心とした国内引きこもり傾向と緩さの打破
(7)創業の原点に立ち返ったリーダーシップ

「脱ガラパゴス戦略」と「逆転のグローバル戦略」を合わせ読みしてみて
さて、以上が「脱ガラパゴス戦略」の概要である。一方で、「逆転のグローバル戦略」ではグローバル経営を成功させる秘訣は、「市場創造力」「M&A力」「ものづくり力」「グローバルオペレーション力」「経営管理力」の5点を挙げ、個別事業経営者にとっての経営戦略施策を説明している。
市場創造力とは「市場参入から市場創造へ発想を変えること」であり、新興国市場で市場を創造するためには、他社とは差別化された事業や製品に絞った展開、現地でのベストなビジネスパートナーの確保、経営トップの強いコミットメントが重要だと説く。
また、M&A力とは、これまで日本企業が本業意識や自前意識にこだわる余り、一部の企業を除いてM&Aを戦略的に活用しようとする発想が不足していたことに対して、足し算から掛け算のM&Aへ発想を変えることだと説く。
ものづくり力とは、ローカルニーズを吸い上げつつグローバルでハイパフォーマンスを得るものづくりだと説き、高付加価値品を作ることから安くていいものを作ることの重要性が強調されていた。また、抜本的なコストダウンのためには、「製品プラットフォーム化」「部品の共通化」「サプライヤの集約化」「研究・開発投資を設計・デザインなど川下へのシフト化」の必要性が指摘されていた。
私はものづくり力について、こうした指摘に加えてソフトウェア力の強化の必要性を追加したい。日本がデジタル家電の時代に負けたのは、水平分業型のグローバル市場で、日本的な擦り合わせが通用しなかったからではなく、ソフトウェア軽視と外注依存から脱却できず、国内中心の既往の重層的な下請け構造から脱却できなかったため、米国企業を中心としたグローバル人材獲得戦略とソフトウェアを中心としたプラットフォーム化戦略に負けたのだと思っている。
この辺りの評論については、楠正憲氏のブログ「雑種路線で行こう」の2010年5月11日付けエントリー「日本のソフトは擦り合わせで米国に負けた」が詳しいので、詳細はこちらをご参照。

「脱ガラパゴス戦略」で述べられている産業調査論的な視点と比べて根底に流れている論調はほぼ同じと思われるが、クロスして読み返すと、ターゲットとすべき地域、産業、具体的な企業戦略が織り混ぜられ、より立体感が増す。
最後の結論は、「脱ガラパゴス戦略」で述べられている構造改革の必要性こそが、「逆転のグローバル戦略」の最後で述べられている「価値観を変える」に相当するのだろう。そして「逆転のグローバル戦略」で述べられている「できない理由を排除する」ことが、これらを総括する最終処方箋ではないかと思った。