最近、日本経済を第三の道へ向かせようという力を感じるが着火の兆しなし

国家資本主義の足音
またまた久々のブログ更新になってしまった。8月16日付の日経新聞の1面で「官民ファンド創設へ。政府、インフラ投資促進」という記事が踊っていた。官主導で経済資源の最適配分を進めようとする国家資本主義の匂いが途上国ではない成熟国の日本でも強くするようになってきた。
思えば2008年9月のリーマン・ブラザーズの経営破綻で明らかになったサブプライム・ショックにより2001年頃から急速に膨張した米国金融資本主義主導のバブルが終焉した。それと同時に国家資本主義を推し進める中国が世界経済の牽引役として台頭し、世界経済政策の原理思想も大きく変わった。翻って日本では、2009年8月には自民党政権から民主党政権へ政権が交代し、2010年6月18日の新成長戦略では、1990年のバブルピーク以降、失われた20年後の成長戦略として公共事業中心でもなく(第一の道)、行き過ぎた市場原理主義でもない(第二の道)、現行経済社会の構造転換と新たな需要創出を政府主導で目指す第三の道へ歩むことが表明された。(6月18日発表の新成長戦略は昨年12月末に新政権が閣議決定していたスケルトンを具体化したもの)
しかしながら、第三の道とはどのようなガバナンスが効き、有効に機能するというのだろうか?
第一の道は、いわば計画経済という国家のガバナンスが働くことで実効性があるものとなる。
第二の道は、株主資本主義での市場原理によりガバナンスが働くことで実効性があるものとなる。
第三の道でのガバナンスは、国家でもなく市場でもない。一体何なんだろうか?


新成長戦略の概要
2020年度までに名目3%、実質2%を上回る成長を目指し、特に景気回復の継続が予想されるフェーズ1においては実質成長率を3%に近づけ、デフレを終わらせるとしている。また成長目標分野として、産業分野別では、次の4戦略が挙げられている。
1)グリーンイノベーションによる環境・エネルギー大国戦略、
2)ライフ・イノベーションによる健康大国戦略、
3)アジアの成長を取り込むためのアジア経済戦略、
4)観光立国・地域活性化戦略の4戦略
また、これらの成長を支えるプラットフォームとして、次の3戦略が挙げられている。
5)科学・技術・情報通信立国戦略、
6)雇用・人材戦略、
7)成長マネーの供給やアジアでのメイン・マーケット・プレーヤーとしての地位の確立などを目指す金融戦略の推進

日本をアジア拠点化し、対日投資を促進するために法人実効税率を主要国並みに引き下げるというのは、新成長戦略の中で最も評価できる施策ポイントと言えるだろう。

ただ、足許、新成長戦略を動かすエンジンが着火する気配は感じられない。2010年4-6月の実質GDPは前年比+0.4%増、名目GDPでは▲3.7%減と成長が鈍化している。
経済が低迷し着火しない大きな原因は、そもそも日本・大企業のアントレプレナーシップが低下し、イノベーション力が低下していることが大きいように思う。そもそも民間企業がリスク・テイクすることによるイノベーションなくして新市場の開拓や新規需要の創造はあり得ない。新成長戦略にも産業ターゲットは述べられていても企業論とその競争政策は述べられていない。
これまで、私がこのブログで書いてきた「起業家精神」に基づくイノベーション・スピリットが感じられないのだ。マスコミ報道されるのは人員削減などコスト削減で損益分岐点が低下し利益体質になったといった現状維持か後ろ向きなものばかり。これらはアントレプレナーシップに根差しているといえるだろうか?
6月の新成長戦略は、「政府は最適な経営資源配分がコントロールでき、民間よりも賢いお金の使い方ができる」という、経済資源の最適配分機能を政府主導にした点が問題だ。お上頼みで誰が市場を作るというのだろうか?その意味では、公共事業中心の第一の道に後戻ししかねない危うさが隠されていると言える。
そもそも日本はサブプイム・ショックで米国のような極端な金融資本主義の波には中途半端にしか乗れず、金融資本主義の最適資源配分機能の本質を十分理解しないまま、「ハゲ鷹ファンド」と揶揄するように、幕末の攘夷論のような感情論で官主導のシナリオ形成がなされている。こうした反動主義的な視点に立った議論に実効性の危うさが隠されていると思う。
正に、経済成長を実効ならしめるためのガバナンス論が不在なのだ。

そうは言うものの、6月18日の新成長戦略と共に経済産業省が発表した「産業構造ビジョン2010」は、失われた20年間で構造疲労を続けてきた日本産業構造の変革すべき方向性のヒントを示した点は注目しておく必要があろう。新成長戦略に書かれている成長目標ターゲット産業の羅列よりは何を変えるべきか具体的だ。
そこで、以下、「産業構造ビジョン2010」のポイントを書き出しておこう。但し、ビジョンの実現には個々の民間企業による身を削るような創意工夫と事業の見直し努力が不可欠なことは言うまでもない。お上頼みの他力本願では絵にかいた餅。国家資本主義的な産業政策は、発展途上段階から浮上する際には幼稚産業保護などで有効に作用するだろうが、日本のような成熟国家では寧ろ過去の成功体験を捨てるなど個々の企業の痛みを伴うことで初めて効果が出ると考えられる。

産業構造ビジョン2010の概要
以下の4つ提言からなっている。
まず第一に、これまでの自動車産業依存の産業構造から、2020年に向けて戦略5分野で稼ぐ産業構造に転換する必要があるとのこと。即ち、2007年までの7年間の生産額の伸び48兆円のうち自動車関連が全体の約4割だったが、2020年に向けて、次の戦略5分野で2007年から2020年までの生産全体額の伸び310兆円に対して約5割を稼ぐ産業構造に転換するという。
1)原子力、水、鉄道等のインフラ・システム関連輸出、
2)スマートグリッド、次世代自動車等の環境・エネルギー課題解決産業、
3)医療・介護・健康・子育てサービス産業、
4)ファッション、コンテンツ、食、観光等の文化産業、
5)ロボット、宇宙等の先端分野産業

第二に、グローバル市場で技術でも事業でも勝つための企業のビジネスモデルの転換が必要。
第三に、グローバル化が国内空洞化につながるという考え方を捨て、グローバル化への適用こそが国内で雇用を生み出す源泉になるとの発想の転換が必要だという。
第四に、政府の役割の転換が挙げられており、戦略分野への政策資源の適切な配分、企業の新たなビジネスモデルの選択を円滑化する役割、ビジネスインフラの整備主体として国家間の競争に対峙していく役割、官民連携の役割の強化が必要だとしている。

特に、第一番目の戦略5分野の産業強化の指針については、それぞれ注力すべきサブセクターがブレークダウンしてあり、細部にわたって現状分析と、グローバル化や新しいビジネスモデルの構築、事業再編などアクションプランが事細かに記載されている。企業の経営計画策定指針といったような内容だ。

さて、日本産業の現状を振り返ってみると、既に韓国のサムスンが民生用電気産業で日系電機メーカーを圧倒し、デジタル機器の分野では台湾・中国系のEMSを中心にグローバル水平分業体制に移行してしまっており、日系メーカーは取り付く島もなくなりそうになっている。もはや日系メーカーからiPhoneiPadのような新しいビジネスモデルの製品は出なくなってしまった。こうした現状を振り返って、「産業構造ビジョン2010」を読み取ると、もはやコモディティ化して競争力がなくなった事業は辞めて、日本が得意とする戦略5分野に絞って生き残りをかけましょう・・・・というメッセージとして捉えられる。

ここまで書いてみて、さて、こうしたビジョンの実現のためにどのような市場メカニズムが推進役として働き、国債の増発で政府債務残高が急速に悪化する中でどのようにファイナンスされるのかかといった本来の資本主義経済的なメカニズム予想はまったく加味されていないように見える。
日本をアジア拠点化し、対日投資を促進するために法人実効税率を主要国並みに引き下げるとすれば、税収減に対して、消費税引き上げの議論も避けて通れない。
ガバナンスが国家でもなく市場でもないという第三の道を選ぼうと言う中で、ビジョンを実効せしめるための金融経済政策がすっぽり抜けているといっても過言でない。

1400兆円の個人金融資産が成長のためのM&Aや事業再編資金に回るメカニズムが必要
私は、2010年1月2日付のエントリー「2010年の日本経済と民主党政権の新成長戦略を考える」でも書いたが、1400兆円の個人金融資産がこうした新しい産業ビジョン実現のための成長投資に向いてゆくための金融市場メカニズムを機能させることが重要だと思う。
現在、日本は財政悪化でソブリンリスクが高まりつつあり、本来金利が上がってもおかしくない状況にも拘わらず、10年国債の市場利回りは1%を割る異常な低水準になっている。何故か。日本国債の95%が国内の銀行や個人を中心に引き受けられている構造の中で、足許、銀行は資金の貸出需要が減少しているため、仕方なく集まった預金で安全資産の国債を買増し、その結果、国債金利が低下しているという悪循環が背景にある。
また個人資産の多くも安全資産と思われている国債にシフトしており、企業の成長資金に繋がる株式市場には向かっておらず日経平均株価も9000円台で低迷している始末だ。

要は、1400兆円の個人金融資産がこうした新しい産業ビジョン実現のための成長投資に向いてゆくためには、個々の企業の事業転換と新しいイノベーションや新市場の開拓で成長していくという確信を投資家に持たせないと資金が回らない訳だ。投資家が成長を確信できるようになれば、企業からの税収も増加し、財政のプライマリーバランスも改善に向かうはずで全てが巡回転するようになるだろう。
1400兆円の個人金融資産については、銀行預金や国債への投資ではなく株式・債券市場への投資を通じて日本企業の国内成長投資は基より今後の成長市場であるアジア・新興国へのM&A資金に向かい、海外からの配当などの投資収益収入となって帰ってくるような仕組みづくりが必要になっているのだと思う。