事業仕訳にみる次世代スパコン・プロジェクトの在り方

11月27日で事業仕訳調査が終了したが、その中でIT関係で様々な議論を巻き起こしたのが次世代スパコン開発の2010年度予算248億円(2006年度〜12年度の7年累計で1230億円)の税金投入の是非についてであった。結論は予算計上の見送りに限りなく近い縮減との方向性が示された。最終判断は鳩山首相と関係大臣、京セラ稲盛名誉会長など民間有識者からなる行政刷新会議に委ねられることになった。

おりしもちょうど、27日、長崎大学工学部で市販の画像処理装置(GPU)を760個使って3800万円で国際最速のスパコンを開発し、米国電気電子学会のゴードン・ベル賞を受賞したとの発表があった。しかも、日の丸スパコンは計算速度だけ見れば世界一速い訳でもない。同じスパコンでありながら改めて従来型の税金投入による日の丸スパコン開発のやり方への疑問が提起された格好だ。同時に、ガラパゴス化した現在の日本の国家IT開発戦略の問題点を浮き彫りにしたと思う(関連記事=11月28日付池田信夫氏ブログ)。

そもそも、スパコンスーパーコンピューター)とは、CPU1つで動く普通のパソコンと違い、複数のCPUを並列につなげて超高速情報処理するコンピューターのことを言い、気象予測や天文学シミュレーション、自動車や航空機の構造分析、金融工学などの大規模数値解析などのシミュレーションといった特殊用途に利用される。日本で開発されているスパコン京速計算機」はスカラ型と呼ばれる普通の汎用CPU(世界のスパコンの潮流はスカラ型へシフト)ではなく、複数演算を同時に実行するベクトル型CPUによる独自開発をし、スカラ型とベクトル型を併用するという更に手の込んだものだった。2006年度から理化学研究所富士通NEC日立製作所が共同で設計を開始したものの、2009年5月にはNEC日立製作所が経営環境悪化を理由に撤退している。

事業仕訳でのスパコン開発見直しの議論は、最先端のスパコン技術が日本に必要か否かという0か1の議論にすり替わって伝わっていた嫌いもないでもないが、事実は最先端のスパコン技術の必要性は認めるものの、248億円(総額1230億円)の投資価値の是非を含めて内容の在り方を問うものだった。
様々な議論の内容や長崎大学工学部の低開発費でのスパコン開発の事実と合わせる整理してみると、概ね、以下の問題点の指摘に集約できるのではないかと思われる。

現行のスパコン開発の問題点

  1. そもそも予算総額1230億円のうち193億円が計算機棟などの施設建設費(既に2009年度までに大半の164億円が支出済み)となっておりソフトウェア開発予算130億円よりも多額であることのアンバランス
  2. そもそもAMD製CPUチップなど市販の汎用CPUの技術性能が技術革新によって大幅に改善してきた中で、敢えて世界でもマイナーになってきているベクトル型CPUの開発に注力する費用対効果の合理性が不明なこと
  3. 公共財としての「京速計算機」の利用環境についての整備が不明確だったり、そもそもこうした技術がビジネスベースあるいは国家戦略ベースで海外市場に売っていけるのかどうかの検討も不十分なこと
  4. 従来からの限られた研究者だけのプロジェクトであり、長崎大学のケースのようなイノベーティブな考え方をする研究者を入れた技術戦略の議論がなされていないこと
  5. 米国などのスパコン研究開発は巨大化しており、一国だけでは担いきれないとのことから国際プロジェクト化している状況下で、日本はデファクト化も含めた国際的戦略展開の視野が欠如していること
  6. 省庁で分断された研究プロジェクトを統括して議論する仕組みができておらず国家基幹技術戦略について省庁横断的な検討が不十分なこと

スパコン開発問題は、ガラパゴス化した現在の日本の国家IT開発戦略の問題点と同義
世界でまともなスパコンを作れるのはアメリカと日本だけとも言われているが、現在、世界のスパコン市場を席巻しているのはIBMとHewlett-Packardだけで70%以上で、クレイやSGIなどを加えるとマーケットの95%以上が米国メーカーが独占しているという事実もある。

課題含みの日本のスパコン・プロジェクトは大艦巨砲コンピュータ開発と揶揄されているが、こうした背景には、硬直化した担当官庁の予算主義、大学研究室や学会で破壊的イノベーションを起こすための環境作りができていないこと、ITゼネコンと揶揄される日本の大手IT企業の硬直的な体質の存在などが指摘されている。まさに、スパコン開発予算についての事業仕訳調査の結論は、ガラパゴス化した現在の日本の国家IT開発戦略の問題点を炙り出したものと言えるだろう。