間違ったベンチャー企業支援 〜官製VCと技術ベンチャー育成が機能しない理由

この8月中には、官製ベンチャーキャピタル「株式会社産業革新機構」が設立され本格稼動するという。これは、2006年の4月に国会で承認された改正産業再生法の中に盛り込まれた施策のひとつで、政府出資により設立され、経済産業省がロードマップおよびスキームを構築し、最長15年間の時限性がある総額1兆円近い官製ベンチャーキャピタルの誕生だ。

そもそも、経営危機の企業支援目的だった改正産業再生法の線上で新規事業を立ち上げようとするベンチャーキャピタルを作ってしまったことも驚きだが、本来資本主義原理に晒して起業支援しなくてはならないベンチャー支援に官製のファンドが機能するのか大いに疑問が残る。また、ここにもオープンイノベーションという言葉が安易に出てくることにも警戒感を感じざるを得ない。

産業革新機構の設立と狙い
株式会社産業革新機構では3つの目標達成が託されているという。即ち、
経産省・担当者の説明 http://www.worldcareer.jp/japan

  1. 成長が期待できる新しい産業の支援(環境・エネルギー・医療分野などで世界をリードするベンチャー支援)、
  2. 日本の潜在力を最大限に引き出す産業構造への転換(世界的に優位にある素材技術などを中心にベンチャー企 業の技術を大企業に移転・販売する事業化提案型の投資)、
  3. 投資ビジネスの成功事例の創出(メジャー出資と取締役派遣を通じた経営へのフルコミットメント。IPOだけではなくM&Aによる事業売却も視野に入れた支援)

今の時代に求められるベンチャー支援の方向性
基本的に、株式会社産業革新機構が掲げる3つの目標の方向性は正しいと思われる。ただ、以下のような産業・資本市場のダイナミズムを生み出すベンチャー支援は大きな投資リスク判断を要するものであり、官ではなく民間主導で行われるのが自然な姿だろう。

日本の経済環境は大いに変化しており、戦後の追いつき追い越せ型の効率的大量生産型ビジネスモデルはもう既にその高成長機能を失い、次の時代の新しいビジネスモデルに合わせたベンチャー育成が望まれている。
その新ビジネスモデルは、細分化された自律型モジュールが、素材技術など日本の既存技術の強みを活かしながらITやサービス産業を取り込み、分野を超えて結合し新しい価値を創造していくという従来にない業界横断的な複合的なものが求められる。一方で株主など資本主義の根底をなすステークホルイダーに対するガバナンスリテラシーも一層求められるだろう。
一方で、革新は辺境からとよく言われるように、既存の大企業など本流からは優秀な技術者を活かせないマネジメントの問題もあり、自己を否定した産業構造を変えるような新しいものは生まれにくい。
こうした諸々のことにベンチャー支援の基本的な意義があるのだろう。


過去ベンチャー支援がうまくいかなかった理由
〜VCのハンズオン機能でどこまでカバーできるか?

こうした中で、官製VCの誕生を待たずとも、そもそも日本の技術ベンチャー支援がうまくいかない理由として、以下の5つのような理由があると思われる。こうした課題のクリアをVCのハンズオン機能でどこまでカバーできるだろうか。

  1. そもそも日本のベンチャー育成議論は往々にして中小企業救済策と混同されている嫌いがある点。
  2. 新産業創出のためには、どの新産業領域を育成すべきなのか焦点を絞る必要があるにも関わらず不十分な傾向にある点。
  3. 戦後のハングリーな時代と違い、終身雇用の大企業や国立研究所、大学で働いている大半の研究開発者は自分の研究に十分満足して楽しい充実した生活を送ってしまっている。
  4. サービス系の新商品と違い、工業系新商品には、ファースト・カスタマーがつきにくいこと。即ち、新たに開発された技術を使った工業用の製品は、特に日本では、たとえそれがすばらしい性能を持っていても、使用実績が無いと信用してもらえない傾向が強い。米国で存在するようなファーストカスタマーに政府の購買をつなげるような仕組が有効かもしれない。
  5. ビジネス系優良人材の流動性が非常に低いこと。

これまでの日本の民間ベンチャー支援の問題
視点を全体論から各論に下ろし、現実のベンチャー企業投資・支援をしている民間VCの観点から見ると、確かに日本の民間VCは歴史的に金融機関系が多く、融資の延長でマイナー出資をするようなリスクも取らないサラリーマン的VCが多いのも事実。
だが、シリコンバレー関係者に言わせると日本のベンチャー企業には長期ビジョンや事業計画もろくに詰められていない会社も多く、シリコンバレーの物差しで評価すると投資に値しない会社が多いと言う厳しい指摘があるのも事実だ。
ベンチャー企業にしても技術力もさることながら戦略的ビジョンを持ったビジネスモデル(売上と利益を如何に成長できるようにするか)の構築力を持っているかどうかが重要なポイントになるのは間違いない。

ベンチャー支援を金融の力に求めすぎるのも問題
最近、景気悪化でベンチャースピリットが大いに削ぎ落とされている中で、ホリエモン氏の復活を期待する声も耳にする。しかし、ホリエモン氏は金作りに走りすぎた点が問題だったのだと思う。
企業はベンチャーであっても売上や利益、実のある投資の後にお金がついて来るのが健全な姿で、これが逆転してしまうとホリエモンの最後のようなことになってしまい本末転倒になってしまい、こうしたバブル的行為を繰り替えずべきではないだろう。

今の時代に求められるベンチャー支援の具体策
育成すべき新産業領域としては、やはり日本が世界的な強さを持つ製造業中心、それも今後の成長が期待される環境・エネルギー・医療分野など産業革新機構が掲げるセクター分野で捉えるべきだと思われる。ただ問題はこれら製造産業における高度技術も、クラウドコンピューティングなど新しいIT・サービスによるネットワーク・エコノミー市場に対応したレベルまで持っていく必要があるだろう。効率大量生産型モデルでの日本の世界最高水準技術をネットワーク・エコノミーに融合させるための異業種融合型のイノベーション支援が求められる。合わせて、株主などステークホルダーに対するガバナンスを明確にするための資本政策支援も求められるだろう。
こうした資本市場に根ざした柔軟性の高い(=同時にリスクも高い)支援を行うにあたっては、国民の税金を元手にした官製VCではなく、民間主導でないと機能しないだろう。

こうした考え方の基で、具体的には、ベンチャー企業と共に事業リスクを取りながら経営陣も送り込み営業支援もしながらメジャー出資するようなハンズイン型のVC、もっと言えばミニ商社的機能を持った仲介支援事業者の登場が求められると思われる。

では、今の100年に一度と言われる大不況の日本経済の中でのベンチャー支援はどうかというと、この逆境の経済環境の中で企業淘汰が進み、生き残っているベンチャー企業は地に足を着いたしっかりした会社が多くなると思われことから、寧ろ投資・支援のチャンスと捉えたほうがいいだろう。

経済は景気循環のサイクルを持っているので、2010年度からは実体経済も回復期に入ってくると思われる。余り悲観することもなく、寧ろ将来への種まきのチャンスの時期かと思う。従って、このテイクオフを控えたタイミングでどのような触媒を仕込み、景気回復期に思いっきり業績が伸びるよう仕掛けを作っておくか(例えば、大企業との業務連携など)といった準備が重要ではないかと思う。一方で、日本の大企業は構造転換ができていない会社が多くなかなか大きく回復するのは難しいような気がしてならない。