MOTによるプロダクト・イノベーションへの手掛かりを整理してみる〜どうすれば日本の電子情報産業が復活するか?

いよいよパラダイム・シフトに向けたプロダクト・イノベーション待ったなし
クラウドコンピューティングもいよいよ本格的な事業化のフェーズに入ってきたと思う。
因みに、クラウド・コンピューティングとは、これまでのクライアント・サーバー型コンピューティング・インフラに代わって、サーバー、ストレージ、ネットワークを一元的に仮想化しコンピューティング機能をWebの向こう側へ集中することで運用コストを下げ、情報処理速度の効率化を実現する新しいコンピューティング・インフラを意味する。まさにクライアント・サーバ型モデルからの数十年に一度の新しいパラダイムシフトだ。もはやバズワードと言える動きではない。

7月10日のNTT主催のNGN競創フォーラムで小池良次氏も米国の現状を踏まえて以下のような見解を述べている。これを見て、アーリー・アドプターが飛びつくパブリック・クラウドではなく、メインストリームのB2B企業が利用関心を持つプライベート・クラウドも真面目に事業化を検討する段階に入ってきたのだと思った。

クラウドが登場した当初は大いにもてはやされたが、ここにきて投資対効果や信頼性、情報の保護など、いくつかの面で懸念が語られている。しかしながら、それは逆に言えば企業が本気でクラウド導入を進めようとしているからである。クラウド自体に対する否定的な論調はほとんどなく、現在問題を洗い出し、その解決策を探っている状態だ。
たとえばアマゾン・ウェブ・サービス社は現在、親会社アマゾンのネット販売よりもトラフィックが大きくなっており、個人零細から中堅企業へとユーザが拡大するにつれ、本格的なホスティングサービスが求められている。(中略)
一方、グーグルが最近発表したGoogle Waveは、画面を共有しながらコミュニケーションがとれるツールはクラウド時代の生産性向上ツールであり、クラウド時代の本質を突いているため、大変注目を浴びている。

太平洋の対岸の米国で、IT産業でこうしたパラダイムシフトが進んでいる中で、私は、5月4日付ログで、ガラパゴス化し国際競争力を失った日本の電子情報産業を復活させ技術立国日本がやるべきことは「理論」「システム」「ソフトウェア」が三位一体になったソフトウェア技術を確立することだと述べた。そこでは職人芸的な以心伝心ではなくシステムへの深い理解と、目に見えないものを見通すことのできる想像力が求められていることも述べた。


他方、8月11日付のブログで池田信夫氏も、「匠の技の通用する分野は狭まっており、ビジネス的には袋小路である。(中略)すり合わせの有効性にも限界がある。日本企業が破れたのは産業構造の変化に日本の製造業が対応できなかったことだ」と述べているが、私も同感だ。

日本経済は、輸出産業が非効率的な国内産業のコスト構造に引っ張られてきたため、国内生産コストの上昇により、輸出産業の国際競争力を喪失させてきた。併せて、目標管理制度の行き過ぎや、年功序列の温存や多重管理体制、過度なリスクマネジメントなどにより、いつの間にか挑戦を是とする「プロダクト・イノベーション」からプロセスの改良や守りに走る「プロセス・イノベーション」が浸透するようになってしまった。
こうしたことにより、新たな成長産業を生み出していく産業成長力も衰退してしまったというのが現状だろう。

垂直統合から水平分業型モデルに変えるべきだとか、オープンプラットフォーム型ビジネスモデルに変えるべきだとか色々言われるが、これはビジネス・マーケティング戦略の一時的な姿や結果論を示していると思う。本質的には、従来の日本が得意としてきた「プロセス・イノベーション」ではなく、「プロダクト・イノベーション」によりソフトウェア設計中心の製造業への構造転換が今こそ求められているということではないか。今対応しないと衰退の一途を辿らざるを得ない土壇場に追い込まれているのだと思う。

そこで、この変化への対応のプロセスをMOT(技術経営)の理論に沿って論理的に整理してみる。各論はさておき先ずは取り組むべきポイントを整理しておくことが有益ではないかと思い、出川通氏の「MOTの基本と実践がよくわかる本」の要旨を書き出してみることにした。

出川通氏のこの著書は、筆者の実際の社内ベンチャー起業などの実経験を踏まえたものだけに教科書としても説得力があると思う。
以下、出川通氏の上記著書に沿って、「どう造る」から「何を創る」に変えるためのパラダイムシフトの処方箋をメモ的に整理してみる。

パラダイムシフトのための処方箋
1.プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションの違い
(1)プロセス・イノベーション

  • どう造るか
  • 量産技術・コストダウン技術

(2)プロダクト・イノベーション

※事業創出に必要な4つのステージは、「研究」「開発」「事業化」「産業化」。特に、「開発」から「事業化」の間に横たわる「死の谷」を如何に越えるかが、事業創出の大きな壁。

2.プロダクト・イノベーションを実現するために取り組むべきこと

  1. 技術経営能力や戦略的な新技術の事業性評価力を身につける
  2. 大企業(量産製造業)と技術開発型ベンチャー(新商品創出)の共存共栄の環境作り
  3. 起業的人材の育成とバックアップ体制の確立

3.事業創出の4ステージの特徴とクリアすべき事項
(1)研究:様々なシーズを創造する

  • 技術要素を作り出す発散型マネジメント(年商1億円未満の事業規模)
  • 産学連携などの研究アライアンスが有益

 (研究と開発の間に「魔の川」が存在)
(2)開発:マーケティングにより真に必要な技術要素に絞り製品開発

  • 真に必要な技術要素に絞る収束型マネジメント(年商10億円未満の事業規模)
  • アーリーアドプター層向けの製品開発
  • 必要な技術要素に絞り込むため最もマーケティングが重要なフェーズ
  • 他者との開発アライアンスが有益
  • 死の谷を越える準備段階(顧客がお金を払ってくれる商品化の準備段階)

 (開発と事業化の間に「死の谷キャズム」が存在)
(3)事業化:製品(開発段階)を商品化(顧客がお金を払ってくれる商品)、黒字化。

  • 発散型マネジメントが求められる(年商10〜100億円未満の事業規模)
  • アーリーマジョリティ向けの商品開発
  • 他者との共同事業化が有益
  • 数量生産を進めながらコストダウンや品質の維持を保つ体制整備
  • マジョリティマーケットへとターゲットを移すことで「死の谷」を越える

(事業化と産業化の間に「ダーウィンの海」が存在)
(4)産業化:既に商品となったものを大規模市場化

  • 収束・集中販売型のマネジメントが求められる(100億円超の事業規模)
  • 大衆向けの大量生産・大量販売
  • 他者との製造アライアンスが有益(水平分業など)

以上、MOTの教科書に沿った事業創出のプロセスを整理してみた。
ここでは、日本の電子情報企業の具体的なアクションの内容までは書かない。

書き出してみると当たり前のプロセスのように見えるが、要は、未来基点に仮説(未来のありたい姿)を持ちつつマーケティングで検証しながら製品化、商品化を進め、市場を創造していく「仮説」と「検証」の繰り返しのマネジメント・プロセスを如何に大きく脱線せずに踏めるかどうかが、事業内容を問わず求められるのだと思う。