キャズムを如何に越えるか? 〜ジェフリー・ムーアに学ぶ
前回、MOTによるプロダクト・イノベーションへの手がかりを整理してみた。それは、私が、これまで何回か主張してきた、技術立国日本がやるべき「理論」「システム」「ソフトウェア」が三位一体となったソフトウェア技術の確立のための方法論を整理するためだった。
今回は、プロダクト・イノベーションの鍵となる「開発」から「事業化」の間の「キャズム」を如何に越えるかを、ジェフリー・ムーアの著書「キャズム」の紹介を兼ねて、そこで必要な実践的な戦術や事業構想の鍵を整理してみる。
私はソフトウェア技術者ではないけれども、現在、日本のSIer業界がゼネコン化、下請けのSEはIT土方化している現状を承知しており、現実には日本の既存ソフトウェア業界が変わるとは内心期待していない。
にも関わらず、なぜ、敢えて「ソフトウェア立国論」的な逆説的な提言をしたいのか?
日本は、ビジョンも戦略も欧米諸国にお膳立てされていてキャッチアップするだけの時代は単純なフォロアーの立場で快進撃ができたけれども、日本が先進国となりトップランナーになった途端、目標や将来ビジョンが立てられなくなって現在に至るまで迷走が続いている。
そういう今だからこそ、具体的にどのように「キャズム」を越えるかを考え、そういう企業家精神に満ちたベンチャー企業が1社でも2社でも出てくることを期待したいのだ。
「キャズム」、1991年に書かれたハイテク業界のマーケティング理論のバイブルと言われる代表的な起業本だ。
キャズムとは少数のビジョナリー(進歩派)で構成される初期市場から、多数の実利主義者で構成されるメインストリーム市場へ移動する境目に横たわる「深い溝」のことを指し、MOT(技術経営)で言われる開発段階から事業化段階に超えなければならない「死の谷」と同じ意味だ。「キャズム=死の谷」を越えるための具体的な戦術論を整理しておくことは、こうした起業家の背中を少しでも押すにも役に立つに違いない。
以下、ジェフリー・ムーアの「キャズム」の実践論に関わる要点をいくつか紹介する。
- 作者: ジェフリー・ムーア,川又政治
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 2002/01/23
- メディア: 単行本
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キャズムを越えるときの大原則は、特定のニッチ市場を攻略点として設定し、もてる勢力を総動員してそのニッチ市場を支配することだという。
2.攻略地点をどのように決定するか?
まず、想定されるマーケット全体をいくつかのマーケットセグメントに分割し、将来性のあるマーケットセグメンテーションに全精力を傾ける。そこではターゲット・カスタマーのイメージ作りに注力する。ただ、ここでは信頼できる情報が殆どない中で、数値的な分析ではなく、情報に基づく直観が重要な役割を果たす。
3.どのように部隊を集結させるか? 〜自社のホールプロダクトを如何に市場に供給するか?
(1)顧客の購入の必然性に応えるためのホールプロダクト・プランを構築する。具体的には、「製品説明」と「製品が実際に発揮する機能」との差を埋めるための以下の4つの製品特性を含んだプロダクト構成とし、自社製品で対応する部分と、提携企業の製品で対応する部分を峻別する。4つの製品特性とは、以下の4点。
- コア・プロダクト(実際に出荷される製品)
- 期待プロダクト(顧客からみた製品)
- 拡張プロダクト(顧客ニーズに合わせてコア・プロダクトの機能を拡張させた製品)
- 理想プロダクト(更に顧客向け機能が強化された製品)
また、コア・プロダクトの類似商品が市場に出回った際には、期待プロダクト、拡張プロダクト、理想プロダクトを充実させる分野に投資をすることが大きなリターンに繋がる。
(2)他社との提携活動を有効活用し、その際、ホールプロダクトに関与する全てのベンダーが便益を受けていることを再確認する。
(3)これまでの協力関係をベースとした提携関係を構築し、拙速な提携を避ける。
(4)提携関係構築の際に、相手が大企業であればボトムアップ、そうでない場合にはトップダウンで関係構築することが望ましい。
4.競争相手の動向など戦線を如何に見定めるか?
キャズムを越えるときには、市場重視の考え方を主とし、製品重視の考え方を従とすることで実現でき、ここで実現できるターゲット・カスタマーにとっての価値はベンダー間の競争によって形成される。意図的に競争環境を作り出して行くことが重要。
【市場重視の考え方のキーワード】
多数の利用者、サードパーティによるサポート、デファクト・スタンダードであることカスタマーサポートの質が高いこと。
【製品重視の考え方のキーワード】
高性能の製品、使いやすさ、洗練されたアーキテクチャ、製品の価格、ユニークな機能。
5.作戦の実行 〜販売チャネルを如何に選択するか?
キャズムを越えようとするときは、メインストリーム市場の実利主義者が安心してつきあえる販売チャネルを確保すること=販売チャネルがメインストリーム市場の顧客とのパイプを持っていることが重要。また、製品価格も販売チャネルを選択する上でのポイントの1つ。
ハイテク企業における主要販売チャネルは以下の通り。これらのかが重要な選択上の視点。
- 直販(主要顧客との強いリレーション構築)
- 小売(卸売業者経由)
- インターネットを利用した直販
- VAR(付加価値再販事業者)経由の販売
- OEM販売
- システムインテグレータ向け販売