究極のオープン・イノベーションモデルと言えるOSS需要がクラウドの爆発で喚起される

日本のゼネコン型情報サービス産業にOSS需要が風穴を開けるか?
市場規模20兆円、就労者85万人、GDPの3%強を占める日本の情報サービス産業は、垂直型多重下請け構造から水平分業・分散型への構造転換の兆しが出てきた。日本郵政やエコポイント・システムでSalesForceCRMのSaaSが採用されたことから遅まきながら日本でもクラウド化の現実味が増し始めているためだ。景気悪化に伴いユーザー企業もコストの安いSaaSの採用や、究極のオープン・イノベーション・モデルの成果であり欧米で先行するOSS(オープンソース・ソフトウェア)の活用が広まりそうだ。プライベートクラウドの構築は、通常のシステム構築と同様に政府が要件定義を行うが、その要件定義の中に「OSSを使用すること」が盛り込まれるケースがあるという。英国政府のG-Cloudでは、OSSを使うことによって、日本円で900億円以上のコスト削減を見込んでいるという(関連記事)。

2020年にオープンソースソフトウェアが業界の主流に?システム・コスト削減の流れが後押し?
このようにグロ−バルでは米英政府のクラウド調達でWindowsに加えてRed Hat Enterprise Linux などOSS(オープンソース・ソフトウェア)が採用され始めている。理由は総所有コストが抑えられること、開発コストがかからないこと、アプリケーション・ソフト開発が比較的容易なことだ。2008年12月にパリで開催されたOSSカンファレンス「Open World Forum」で2020年までにOSSがソフトウェア業界の主流になるとのロードマップが既に発表されたが、クラウド化の進展と共にOSS化も着実に進展していることが窺える。
OSS(オープンソース・ソフトウェア)開発は究極のオープン・イノベーション・ビジネスモデルだ。オープンソースというのはプロダクト形態ではなく、IT事業戦略そのものを意味するからだ。(オープンソースが製品ではなく、IT戦略そのものである6つの理由を参照)。
そもそもソフトウェアの価格低廉化や無料化の流れは、デジタルネットワーク化が進む上で自然な流れと言える。情報の制作や配給が安価に行えるようになるとコピーの供給量も増大する。コピーが増大するにも関わらず人々がコピーを使用できる時間は限定されるため、需要は限定的となる。従ってデジタル化されたネットワーク上の情報の値段は下落していくためだ。こうした傾向は、ソフトウェアビジネスのみならずテレビ、新聞、雑誌などメディアビジネスにも該当する。

Linuxのビジネスモデルは21世紀型ネットワーク・エコ開発システムになり得るのか?
著書「Linuxはいかにしてビジネスになったか」において、情報の価値を経済価値(利益)に結びつける11のダイソン・モデルが紹介されている。

  1. 定期購読モデル
  2. パフォーマンスモデル(情報を無料で配布し、コンサート・チケットなどから利益を上げるモデル
  3. 知的サービスモデル(無料のセミナーを開き、個々の顧客に有料の知的サービスを提供するモデル)
  4. 情報を一定期間貸し出して利益を上げるモデル
  5. メンバーシップモデル(会員間の情報交換の調整役としての価値を会員費として収益化するモデル)
  6. オフライン会議モデル(パフォーマンスモデル、知的サービスモデル、メンバーシップモデルの組み合わせ)
  7. 製品サポートモデル
  8. 派生商品モデル(情報をライセンスし、ブランド名の入ったグッズなどで利益を上げるモデル)
  9. 広告モデル
  10. スポンサーシップモデル
  11. 複製販売モデル(電子透かしなどで情報管理し、複製されたすべての情報に課金するモデル)

これらの収益モデルは、メディアビジネスなど広義の情報ビジネスとして捉えたものであるが、OSSビジネスモデルでは、コミュニティ開発活動を通じて情報からダイナミックに生まれる価値への対価を求める10のスポンサーシップモデルが経済モデルとして重要だと言う。OSSの代表格の1つであるLinuxのビジネスモデルは、このスポンサーシップモデルで成功したのだと言う。
もう少し詳しく言うと、Linuxのビジネスモデルは、営利企業が直接的に開発者達のネットワークコニュニティに干渉せず、ネットワークコミュニティが生み出す編集価値をコンパイル(ソースコードをバイナリコードに変換)することに徹するバリュー・コンパイリング・モデルがLinux企業群によって形成されたため、ビジネスとして成功したのだと言う。
つまりLinuxの開発者であるリーナスは、ボランティア的な開発ネットワーク・コミュニティをまとめるリーダーに留まり、Red Hat社やVAリナックス社などの周辺のリナックス企業がLinuxカーネルを中心とするソフトウェアを組み合わせて1つのLinuxシステムとして動作するパッケージにコンパイルし、ディストリビューターとして営利事業を展開し、連携できたことでボランティア・ネットワークと営利ビジネスが両立できたというのだ。

もう少し、Red Hat社やVAリナックス社などの周辺のリナックス企業の付加価値源を整理してみると、それは何なのか?
様々な開発者達のネットワークコニュニティが様々な方法でLinuxを開発する。ただこれらは正式なソフトウェアとして利用する場合には、個々の最終ユーザーが個々に検証作業を行う必要がある。
そこでRed Hat社やVAリナックス社などの周辺のリナックス企業がこれらの検証作業を行い正式製品としてコンパイルする。だから最終ユーザーはリナックス企業が検証してくれた検証後の正式版を購入すれば面倒な作業をしないでLinuxを使用できる。
このように、様々な開発者と検証済製品との間のデコボコを均してくれるところにRed Hat社やVAリナックス社などの辺のリナックス企業の価値の源泉があると考えられる。

著書「Linuxはいかにしてビジネスになったか」では、Linuxコニュニティが継続的に編集価値を生み出せた理由として以下の8点を挙げている。そうしてこうしたLinuxコミュニティはカーネル読書会などの熱烈なハッカーの集まりによって活動がなされている(関連エントリー)。

  1. 誰でも自由に利用できるソフトウェアを作るというビジョン
  2. イデオロギーよりも社会的実用性を重んじるコミュニティの文化
  3. 開発にコミットする優れたプログラマーたち
  4. プログラマーたちに共通の言語であるソースコード
  5. ソースコードの運搬を低コストで実現するインターネット
  6. リナックスという成果物
  7. リナックス生みの親であるリーナスのリーダーシップ
  8. 営利企業と連携する戦略

Linuxはいかにしてビジネスになったか―コミュニティ・アライアンス戦略

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営利事業としてのOSS関連事業の成長性
一方、営利事業で成長したRed Hat社はインテルの出資により高まったブランド力を背景に、同社のディストリビューションであるRed Hat Enterprise Linuxの保守サービス中心に業績を伸ばしている。Red Hatの2010年度第2四半期(2009年6〜8月)の営業利益は2754万2000ドル(1ドル100円換算で27億5420万円)で,前年四半期から29%増となった。2009年度通期の営業利益は,8252万1000ドル(同82億5210万円)で,前年から17%増と好調な推移となっている。米国調査会社IDCは2009年7月に,「オープンソースがもたらす収益は,不況によってコスト削減を図る企業が多いことが追い風になり、2013年までにグローバルで年平均22.4%の割合で成長する」という予想を発表している。

先にも述べたように、Red Hat社は、様々な開発者と検証済製品との間のデコボコを均してくれるところ付加価値を有する企業なのだが、幸いにRed Hat社は圧倒的な独占企業になってしまった。なので、同社は更なる業績好調が続くのだろう。

日本でのOSS関連事業の方向性
オープンソース・ソフト関連のビジネス形態には,(1)ライセンス販売、(2)保守サービス、(3)周辺サービス(システム構築やコンサルティング等)があるが、日本国内ではOSSの普及が遅れていることもあり、ライセンス販売で収益を伸ばすのはなかなか難しいと言われている。そのため(2)を主力事業とするLinuxディストリビューターが多いが、保守サービスだけでの事業成長は余り期待できないようだ。
日本でOSS関連事業を展開するにあたっては、Red Hatの社のようにブランド力を獲得しながら、OSSの普及に併せて、システム運用やポータル・サービスなどを組合わせながら事業成長モデルを描いていくというのが実態的な事業モデルの方向性だろう。
但し、様々な開発者と検証済製品との間に均すべきデコボコが存在することがOSSで付加価値を確保するための必要条件である点を考慮しなければならないだろう。