技術力で勝る日本がなぜ事業で負けるのか?オープンイノベーションモデルを考える

以前に、ここのブログで紹介した妹尾賢一郎氏が書いた「技術力で勝る日本がなぜ事業で負けるのか」をもう一度読み下したので、概要をメモしておこうと思う。8月11日付のブログMOTの視点から見たプロダクトイノベーションを実現するためのキャズム死の谷)の越え方などについて書いてみたが、今回は事業起点型の知財戦略の重要性などが浮き彫りにされた。
妹尾氏は、今日の国際市場の拡大と日本製品のシェア急落の背景には、欧米企業とNIEs/ BRICsといった新興工業経済地域の企業との巧みな協調関係があり、今後の競争力強化はコラボレーションによる協業的協調力(コラボレーティブ・イノベーション)強化が必要だという。但し、オープン戦略とかコラボレーション戦略とは単に仲良くやろうという意味ではなく、したたかな囲い込み戦略が本質だ。Linuxのような善意に基づくボランティア協業は例外的なケースだという。
また、イノベーション(価値の創造)の意味も大きく変わり、インベンション(発明、技術開発)と同義であったイノベーション・モデルの時代は過去のものとなり、イノベーション=発明×普及定着の時代になったという。
要すれば、技術力が必要十分条件の時代から「技術力は必要条件だが他に十分条件となるものが現れた時代」に入ったのだという。


21世紀に求められる事業でも勝つための三位一体型事業経営
今後は、事業でも勝つためには、次の三位一体型事業経営が必要になるという。
1)製品の特徴(アーキテクチャー)に応じた急所技術の見極めとその研究開発戦略。
2)どこまでを独自技術としてブラックボックス化したり特許を取得したり、どこを標準化してオープン化したりするかという知財戦略。
3)市場拡大と収益確保の両立させるビジネスモデルの構築といった事業戦略。

また日本のお家芸であった「既存モデルの錬磨」では勝てず、「イノベーションで勝つ」新規モデルへの移行が必要だとし、そのイノベーションの7原則として以下の点を挙げている。

  1. 従来モデルの改善をいくら進めてもイノベーションは起こらない
  2. イノベーションは従来モデルを駆逐し、その生産性向上努力を無にする
  3. システム的な階層構造上、常に上位のモデルのイノベーションが競争優位に立つ
  4. 下位レベルのモデル磨きは、上位のモデル磨きに留まる場合が普通だが、時には上位モデル創造となる場合もある(CDからDVDへの移行事例)
  5. プロダクトイノベーションの方がプロセスイノベーションよりも強い
  6. 同種モデル間の急送はインプルーブメント、異種間の競争はイノベーション
  7. 成長と発展、イノベーションとインプルーブメントは「スパイラルな関係」

新しいイノベーション・サイクルの考え方
従来、語られてきたイノベーションの考え方は、知財(技術)の「創造」「その保護・権利化」「知財(技術)の活用」の3つのステージを推し進めるといった「技術起点型の知的創造サイクル」だった(2003年からの知財推進計画)。
今後は、これらのサイクルを逆回転させ「事業構想」「知財(技術)を軸とした競争力デザイン」「知財(技術)調達のアレンジメント」へと進める「事業起点型事業創造サイクル」の考え方が重要になり、発想の転換が必要という訳だ。

これらのことをビジネスモデルの捉え方の点からいえば、「自社技術中心のコモディティ型モデル」から「製品・サービスを併せたトータルサービスシステム提供モデル」への転換が重要になると言うことだ。
これは例えばM&Aに際しては、「自社技術中心の意思決定」から「ビジネスモデル中心の意思決定」に変えるべきだということになろうし、製品の生産販売戦略に際しては、「個別製品毎の生産販売戦略」から「複数製品とサービスを組み合わせた統合バリューチェーンでのビジネス戦略」に変えるべきだということになろう。

また、最後の「知財調達(リソーシング)」の方法としては次の5つが挙げられており、それらを如何に組み合わせるかが(リソーシング・デザイン)が事業戦略上、重要だという。

  1. インソース(自前開発)−これまでの外企業の技術開発の考え方
  2. アウトソース(外部調達)−ライセンシングやM&A
  3. クロスソース(相互共有)−クロスライセンス
  4. コモンソース(共通共有)−ブルーレイ対HD-DVDといったパテントプール
  5. オープンソース(公開)

こうした事業起点型事業創造サイクルで日本企業が成功している事業分野は、デジタルカメラやSDカードなど記憶媒体の分野のみ。こうした事業構想起点での事業創造の考え方を普及させるためには知財関係者と事業関係者の相当な意識改革が必要だろう。また事業起点型事業創造サイクルのバリュエーションとして、二酸化炭素排出削減やレアメタル問題といった社会問題起点型事業創造モデルも出てくる。

インテルインサイド、アップル・アウトサイド
イノベーションの代表的なパターンとして、基幹部品主導型で完成品を従属させたインテルインサイド型と、完成品イメージ主導型で部品を従属させたアップル・アウトサイド型が挙げられており、これらが勝ち組の方程式になってきたという。
日本の部材産業は世界シェアが高いので日本では部材産業が優位と言われるが、収益が四苦八苦であれば単なる下請け部材に過ぎず競争力があるとは言い難いという。また擦り合わせ技術で日本が優位とされてきた自動車産業についても電気自動車の導入によるビジネスモデルの変化でエンジンに依存してきた自動車産業は危うくなる可能性を指摘している。

新しいイノベーション戦略のパターンとして、オープン戦略とクローズ戦略の4つの組み合わせパターンが示されている。

  1. クローズ・インベンションで始め、クローズ・ディフュージョン(普及)へ持ち込む
  2. オープン・インベンションで始め、オープン・ディフュージョン(普及)へ持ち込む
  3. クローズ・インベンションで始め、オープン・ディフュージョンに持ち込む
  4. イープン・インベンションで始め、クローズ・ディフュージョンに持ち込む

これらのパターンのうち、オープン化戦略に慣れていない日本企業に向いているのは、3)のクローズ・インベンションで始め、オープン・ディフュージョンに持ち込むパターンではないかという。

11月1日のブログではグローバルな投資視点の欠如が日本企業の競争力劣後の要因で、技術力よりも経営力の差異が問題ではないかと書き、その後、11月4日付ブログで究極のオープン・イノベーションモデルといえるOSS成功事例としてLinuxのビジネスモデルの事例を解析してみた。
妹尾氏の「技術力で勝る日本がなぜ事業で負けるのか」を読み合わせてみると、Linuxの純粋なオープンソース戦略が、全産業の標準的な21世紀型のネットワーク・エコ開発システムとは言えないのだろう。だが、知財戦略の視点を入れたオープンとクローズを組み合わせた外部ネットワーク戦略と置き換えて捉えなおせば、21世紀型のオープン・イノベーションモデルは浮き上がってきたような気がする。