ウェブを変える10の破壊的トレンド

創造的破壊、私が好きな言葉だ。この言葉について久々に頭の中を覚醒してくれた本が渡辺弘美著「ウェブを変える10の破壊的トレンド」。既に概略は知っていることが多かったが、押さえておくべき先端技術トレンドを気持ちを高ぶらせながら頭の中に整理してくれる、一気に読みきれるワクワク感の高い本だったので、その概要と感想をここに書きとめておく。

ウェブを変える10の破壊的トレンド

ウェブを変える10の破壊的トレンド

この本はウェブビジネスに限らず10年後、いや5年後のICTとそれにまつわるビジネスルール全般の革新に乗り遅れないようにするための必読の本ではないかと思った。

イノベーションのジレンマに陥るな
ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が1997年に発表したベストセラー「イノベーションのジレンマ」の視点は現在でも十分当てはまるという。
クリステンセン教授が言う「イノベーションのジレンマ」とは次のようなものだ。即ち、「新技術のほとんどが従来の製品の性能を高める「持続的技術」だが、まれに従来とは価値基準が異なる「破壊的技術」が現れる。そして、ブランド価値を意識する優良な企業ほど現在の顧客の意見に耳を傾ける結果「持続的技術」への投資を維持し、結果として「破壊的技術」へのリーダーシップを取りそこなう。だから優良企業ほど誤った道を歩むことになるというジレンマが生じる、というのが要旨だ。なるほど、と頷ける。

渡辺氏は、こうした破壊的なイノベーションを現在のICTトレンドに置き換え、その代表例として以下の10のキーワードを本書の中で取り上げて、それがどのような意味を持つのかを事例を混じえてまとめている。

1.ダイレクト(Direct)
2.フリー(Free)
3.クラウドソーシング(Crowdsourcing)
4.プレゼンス(Presence)
5.ウェブ・オリエンテッド(Web-Oriented)
6.バーチャル&リアル(Virtual and Real)
7.ビデオ(Video)
8.インターフェース(Interface)
9.サーチ(Search)
10.セマンティック・テクノロジー(Semantic Technology)

1.ダイレクト(Direct)
ネットユーザーが欲しい情報を求めてウェブサイトを彷徨っていた環境を変えて、ユーザーがネットの中の情報と直接繋がる、或いはネット側もユーザーと直接繋がる事を求めることができるようになった破壊的イノベーションが進んだ時代トレンドを「ダイレクト」と表現している。その破壊的技術の1つとして「RSS」「ATOM」など、ユーザーの情報アクセスをロックインさせるフィード技術を挙げている。フィード技術は検索に引っかからない可能性が高い鮮度の高い情報の捕捉には打ってつけの技術な訳だ。
ダイレクトを象徴する2番目の破壊的技術としてウィジェット(日本では主にブログパーツ)を挙げている。ウィジェットiGoogleやMyYahooのようにパーソナライズ・スタートページでユーザーを囲い込むという機能だけではなく、バイラル・マーケティング(Viral Marketing)という口コミ情報の伝染を活用したマーケティング手段(ウィジェットマーケティング)として米国ビジネス界で注目されているという。確かにAmazonでの自分のお気に入りの本や楽曲などのウィジェットをブログやSNSに貼り付ければ、ウィジェットはネット上のコンテンツを直接繋げるだけでなく、ユーザーをディストリビューターに変えてしまうことができる。

2.フリー(Free)
情報技術資源の価格が限りなく安くなると、従来のテレビ放送のように限られた電波資源を管理する人が主導権を持つ時代が終わり、ユーザーが主導権を握る破壊的イノベーションのトレンドとしてフリーを挙げている。そしてフリーの時代になるとビジネスルールが「原則禁止」から「原則自由」に変わるという。
ロングテール理論の提唱者であるクリス・アンダーソンは、従来型経済モデルを「希少経済(Economy of Scarcity)」、フリー時代の経済モデルを「潤沢経済(Ecomony of Abundance)」と名づけて分けている。希少経済ではビジネス主体である企業が資源を管理しているので、何が優れているかを最も理解している企業が主導権を持つため、「許可がない限り原則禁止」となるが、潤沢経済ではユーザーが最もよいものを知っているというボトムアップの時代になるので、YouTubeのように著作権侵害などの「犯罪を犯さない限り原則自由」に変わらざるを得なくなるという訳だ。このとき、企業のビジネスモデルは、自社に存在しない情報やソリューションを他社やユーザーから持っていれば、あっさり他人に任せたほうが早いという考え方に変化せざるを得なくなる。従って永遠のβ版を出し続けるという企業も多くなってくるという。

3.クラウドソーシング(Crowdsourcing)
従来型の希少経済の下では、面識がある外部のいくつかの組織や企業、個人からプロダクトやサービスを調達することをアウトソーシングと呼んでいた。下請けや業務委託のような言葉で表される取引行為だ。これに対して、フリー時代の潤沢経済の下では、ネットワーク化された豊富なITインフラを活かして面識がない多くの人の知恵や知識を活用する「他人任せ型」のビジネスモデルに変わるという。大衆からの集合知を取り入れることでよいサービスを提供しようというクラウドソーシング(Crowdsourcing)が破壊的イノベーション・トレンドの1つになると言うのだ。
これに当てはまるイノベーション事例として、以下の6点が紹介されている。

1)ウィキペディアに代表されるウィキ(Wiki)技術
2)タグを介して他のユーザーの知識と共有化を図るソーシャル・ブックマークに代表されるフォクソノミー
3)Amazonのユーザー評価に代表されるコンテンツ・レーティング
4)StumbleUponのようにブラウザのアドオン・ボタンを押すと自分が登録した関心トピックスに合致するウェブサイトが次から次へと紹介されるソーシャルディスカバリー
5)面識はないが同じようなジャンルの音楽に興味を持つ人たちと好きな音楽やアーティストの情報を共有して楽しもうという英国の人気音楽サイト・Lastfmに代表されるテイスト・シェアリング(Lastfmは最初にGPLオープンソース・ソフトウェアをダウンロードさせるだけで著作権問題などをユーザーに負担させない)
6)自分が取引すべき相手を相互に探してマッチングを図り、既存流通業者の中抜きする破壊力を持つマーケットプレイス

ただ、この際に、いずれもSaaS企業のSalesFoerce.comが提供するアイデア・エクスチェンジのようにネットを通じて顧客であるか否かを問わず広く自社製品に対する意見を集めるプラットフォームの仕組みを作ることが重要だと指摘している。

4.プレゼンス(Presence)
従来型の希少経済の下では、過去の膨大な記事データベースのようにストックベース情報中心に情報流通していたが、フリー時代の潤沢経済の下では、垂れ流しのリアルタイムのプレゼンス情報の流通の価値が高まっていくと言う。
IM(インスタント・メッセージ)ほどではないがSNSよりもリアルタイム性を重視し、緩やかな友人関係を構築するテクノロジーの代表格としてTwitterが挙げられている。Twitterは、「今、何をしているの?」という問いかけに2〜3行の短文を発信するツールでフォローする人とフォロー人がネット上で有機的に繋がっていく仕組みだ。
Twitterは2008年の米国の大統領選でオバマ大統領も有権者へのメッセージとして積極的に使ったことでも有名で社会活動を動かすメディアとしても急速に発展している。
また、実用性のある情報共有を目指して50人程度の同じ考え方を持つ仲間のスクラップブックをシェアするTumblrのようなサービスも台頭している。
ただ、こうしたプレゼンス情報は、今後、例えば、非接触カードによる駅ごとの入構顧客数に応じてリアルタイムに電車の最適な運行ダイヤを割り出すとか、GPSとの連動により緊急医療の際、専門の医師が今どこにいて対応できる常態にあるのかを瞬時に発見できるシステム(IBMが開発中)など、産業分野への応用期待も大きいと言う。

5.ウェブ・オリエンテッド(Web-Oriented)
SaaSに代表されるウェブベースでのネットワークを介したソフトウェア提供サービスの出現に見られるように、手元のコンピュータで行っていた情報処理をネットワーク側で済ませてしまう動きが出てきた。このように、ウェブ・オリエンテッドのビジネスモデルがハードウェアとソフトウェアの双方のビジネスを破壊するトレンドを作っていると言う。
いわば、ソフトウェアもハードウェアも全てサービスとして外部からその都度購入するEverything as a Service(EaaS)の時代に入ったと言う。
その際、従来のようなユーザー側のコンピューター能力を高めるWindowsOSやMacOSではなく、ユーザー側のコンピュータ能力をどんどん無力化してしまう、スペイン・バルセロナ発のeyeOS、MITの卒業生が中心となって開発したYouOSのようなウェブOSの開発競争が熾烈になってゆくと言う。
これに合わせて、Google Docs & Spreadsheetsや米アドベントネット社が提供するzohoシリーズなどウェブ・オフィス・スイート戦国時代を向かえ、マイクロソフト苦悩の時代に突入すると言う。
一方で、IBMが開発者向けに開発したQEDWiki(Quick and Wasily Done Wiki)と呼ばれるマッシュアップ・プラットフォームのようなエンタープライズ2.0の動きも無視できないと言う。エンタープライズ2.0ではSNS、ブログ、ウィキ、仮想世界など先端的コンシューマー技術を企業内コミュニケーション・コラボレーション・システムに持ち込んでいこうというトレンドである。

6.バーチャル&リアル(Virtual and Real)
仮想世界といえば、日本では、仮想世界分野への進出によるブランド価値向上や商品PRなど即物的効果が期待されたセカンドライフが挙げられる(今は、注目度が下がっているが)。この本ではIBMがゲーム感覚で仮想世界の技術を教育・研修を目的に開発したイノベイト(Innov8)にように、BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)を可視化して理解させるようなツールの可能性はまだまだ存在すると指摘している。
この他にも、仮想世界と現実の産業界を繋ぐツールとして、米国3Dシステムズ社やストラタシス社が提供する3Dプリンター(プラスチック・パウダーと接着剤をプリンターヘッドに添加し、立体構造物の断面形状に合わせてレーザー光線を液体樹脂の中で照射することでプラスチック膜を形成し、この繰り返しで立体構造物をプリントアウトする装置)、Google EarthGoogleストリートビューのような3Dモデリングソフトウェア、現実世界の空間にコンピュータで生成された情報を重ね合わせるAR技術など、破壊的イノベーションをもたらすバーチャル&リアル技術は多いと言う。そして、仮想世界が破壊的なパワーを持つようになるためには、個々の仮想世界サービス自身がオープンソース化し、互いに繋がってゆくことが欠かせないと。

7.ビデオ(Video)
従来型の希少経済の下では、放送局だけが動画を送出できたが、フリー時代の潤沢経済の下では、YouTubeのようにユーザー自身が製作した動画(UGM :User Generated Media)も自由に送出できるオールIP時代に突入した。IP上には、UGMだけではなく、映画やドラマなど商用コンテンツもIP送信を選択するようになってきており、米国では様々なIPTVアプリケーション開発競争が激化しているという。
2007年5月に米国フォレスター・リサーチは「有料ビデオダウンロードに将来はない」というレポートを出しているように、米国ではYouTubeなど無料ビデオ配信サービスの普及が勢いを増していると言う。そして今最も話題になっているIPTVアプリケーションが、ジューストと異なりブラウザとFlashがあれば特別のソフトウェアをダウンロードする必要がないHulu(NBCとFOXのJ/V)であると。
一方で、オンラインでのUGM製作編集サイトの取組みとして、YouTubeがアドビ・システムズの動画編集ソフト「プレミア」のSaaS版をベースにしたYouTube Remixerなどの事例を挙げている。

8.インターフェース(Interface)
情報交換のリアルタイム性が増し、やりとりされる情報内容も音声や動画、3Dグラフィックスなど多様化する中で、従来の文字情報中心の出入力インターフェースの世界が破壊的に塗り替えられようとしていると言う。
具体的な取組みの動きとして、データを視覚化する技術、電話における音声認識サービス競争、任天堂Wiiリモコンなどに代表される3次元加速度センサー、iPhoneで火がついたマルチタッチ・スクリーンなどポピュラーな事例に加え、米国のベンチャー企業・Livescribe社が開発したスマート・ペン(講義録をスマートペンで書き、後で筆跡をタップするとその部分を書いていたときの講師の音声が流れてくるといったイメージ)、イスラエルのLumio社が開発したバーチャル・レーザー・キーボードなどの事例が取り上げられていて面白い。日本企業へのメッセージは、「モノ作りはソフトウェア中心に発想せよ」だ。

9.サーチ(Search)
米国ではグーグルに対抗して勝負をかけようとする3つのタイプの新興検索エンジンベンチャーがあるという。1つは、自然言語や人力を活用した検索など「より人間が使いやすい検索テクノロジー」を目指すもの。2つ目は、検索結果のプレビュー画面を出したりして「より良いUI」を目指すもの。3つ目は、ブログ、不動産情報、医療情報など特定分野の検索に特化するもの、だそうだ。
中でも面白いのが、あなたの知見(Wisdom of Your Crowd)を活用したパーソナライズド検索を行なう米国パロアルトのコラリティ社の取組み事例だ。いつの間にかユーザーの行動を精緻に分析した上でオーダーメードの検索結果を返してくれるコラリティのサービスは究極の検索サービスになるかもしれないと言っている。

10.セマンティック・テクノロジー(Semantic Technology)
これまで、コンピュータは人間が入力した情報を忠実に処理する機械であったが、今後は、情報の意味や関連性などを理解して処理するセマンティック技術が発達し、データ統合、情報検索、情報共有分野に大きな変革をもたらし、セマンティック技術が究極の破壊的トレンドを産み出すと言う。
企業内活用の事例として、Yahooの社内でのコンテンツの共有、再利用の取組みの事例が挙げられているが、コンシューマー分野での応用事例の方が豊富に取り上げられている。
セマンティックウェブベンチャー企業のRadar Networks社の共同創業者のノバ・スピバック氏は、2000年から2010年までがWeb2.0の時代、その後2020年までがセマンティック技術が黄金期を迎えるWeb3.0の時代、2020年から2030年までが分散検索やインテリジェント・パーソナル・エージェント技術が主流となるWeb4.0の時代(Web OSの時代)と予想しているという。
そのRadar Networks社は2007年10月にブックマークや文書、動画、写真などウェブ上で取得・生成した情報をセマンティック技術で自動的にタグ付けして整理するサービス「Twine」を発表したとのことだ。
その他にもAdaptiveBlue 社が提供するスマート・ブラウジング技術は、ユーザーが、映画、音楽、俳優、アーティスト、株価、レストラン、ワインなど何の情報を見ているのかを自動判別し、ユーザーがファイアフォックスのツールバーの上にあるアイコンをクリックするだけでユーザーが必要としているジャンルのAmazonなどのサイトに誘導してくれるというサービスを展開している。

以上が、この本での技術紹介の概要だが、最後に書かれている、日本からなぜ米国のように破壊的トレンドに繋がる技術やサービスが出てこないのか、という問いに対する筆者のコメントに触れておく。
渡辺氏は、「資金の循環、人材の流動性、起業インフラの整備など色々指摘されるが、エンジニアを信頼し、創造性を最大限発揮できるような環境を整えるべきだ」と締めくくっている。そして「破壊的トレンドを作り出す可能性のあるエンジニアたちは、既存の顧客ぁらの要望に応えるための開発業務からは開放すべきだ」と言っている。
確かに、日本のITベンダーでは、エンジニアは望みもしないプログラミング言語や開発ツールの利用を強要されたり、一定の年齢になると希望もしないのに管理職になったりしているため、創造性の基になる発想が萎縮してしまっていることが多いのは事実だろう。
以前、私も2009年2月14日のエントリー「セマンティックWebがもたらす新たなソーシャルネットワークの可能性」でセマンティックが破壊的なイノベーションを起こすに違いないというような話は書いたが、ガラパゴス化する日本の情報通信産業からの脱出を考える上でも意義のある本だったと思う。