ユーザー参加型製品開発が大量生産ビジネスを変える(その2)

3月20日付けのエントリー「ユーザー参加型製品開発が大量生産ビジネスを変える」で、2020年頃には、オープンソース化したハードウェアや開発支援ツールが製品開発のエンジンとなり、数台単位の超小ロット生産やユーザーの手元で作るパーソナルファブリケーション(多品種のオンデマンド生産)が可能になり、モノつくりのパラダイムシフトが起こるだろうという話しを書いた。
その後、4月6日付日経エレクトロニクスのUGD(User Generated Device)技術特集記事や家電ベンチャーを立ち上げるCerevoの岩佐社長の5月13日付のブログ「高度オープンソースハードウェアの現状とビジネスモデル」などを踏まえて、オープンソースハードウェア(OSH)技術がもたらす具体的なユーザー参加型製品開発の姿とビジネスモデルについて踏み込んで整理してみたい。ここにガラパゴス化を脱する1つの方向性が見えてくるような気がするので・・・

ユーザーの嗜好性が高いハードウェア生産のソフト化がユーザー参加型製品開発を促す
ユーザー参加型開発(UGD:User Generated Device)を促す鍵は、躯体や外装、プリント基板、ユーザーインターフェイスなどユーザー嗜好性の強いハードウェアが、低価格化する3Dプリンターやオープンソースハードウェア(OSH)の普及などにより、ユーザーニーズに合わせて誰でもオンデマンド生産できるようになること(=ソフト化)だが、その環境は急速に整いつつある。

ユーザー参加型開発(UGD:User Generated Device)、即ちハードウェアの誰でもオンデマンド生産化のためには、1)ハードウェアの設計情報の電子化、2)それら設計情報の安価で簡単なデータ編集・作成ツールの存在、3)躯体などを短時間かつ安価に出力できる装置やサービスの存在、4)クリエイティブ・コモンズ (Creative Commons) のように設計情報の改変や再配布のライセンスを認めるデータの流通化が必要になる。
以下、これらの具体的な進展状況を見てみる。

1)ハードウェアの設計情報の電子化とオープンソースハードウェア(OSH)化の進展
ハードウェアのOSH化の動きは家電ベンチャーの起業を促すのみならず、フィジカルコンピューティングによりWiiリモコンのように触れて感じることができる「直感的」なユーザーインタフェースを持つ新製品や電話をかけるだけで家の中の家電製品のスイッチをオンできる新しいジャンルの家電製品開発などを促す。

天気予報やSNSなどのガジェット・ソフトウェアを実行できる小型のインターネット端末「Chumby」を手掛ける米国Chumby Industries社は、躯体の3D CADデータや内蔵するプリント基板などの回路図、部品表などを同社のWebサイトで公開しており、同社のWebサービスを妨げない限り、改造のために利用しても構わないとのライセンス条件を公表するオープンソースハードウェア(OSH)戦略を取っている。
またGainar(岐阜県立国際情報科学芸術アカデミーの小林准教授が開発したパソコンからセンサやアクチュエーターを制御するためのOSH型I/Oモジュール)やArduino(イタリア発の同様のOSH型I/Oモジュール)といった安価なOSH小型マイコンも技術者や電子工作マニアの間に普及しつつある。
オープンソースハードウェア(OSH)化は、これまで不可能と考えられてきたCerevoのような家電ベンチャーの台頭を促すだけではない。GainarやArduinoなどのOSHモジュールは、フィジカルコンピューティングによりWiiリモコンのような「直感的」なユーザーインタフェースの外、電話をかけるだけで家の中の家電製品のスイッチをオンできる新しいジャンルの家電製品などを創り出すことができる。アイデア次第では通信と家電を繋げる新たなネットワーク家電製品開発の地平線が広がりそうだ。

フィジカルコンピューティング(Physical Computing)」とは、「プログラミング」と「電子工作」を組み合わせることで、「キーボード」と「マウス」では実現できていない「人間とコンピュータの間の新しいコミュニケーション方法」を模索しようという試み。
加速度センサを組み合わせたWiiリモコンのような「直感的」なユーザーインタフェース以外にも、例えば、振動センサと携帯電話のバイブレーションと組み合わせることで、電話をかけるだけで家の中の家電製品のスイッチをオンにしたり、目覚まし時計を押すとTwitterにメッセージが流れるようにしたりできる。
私も5月11日に渋谷の「ティーズサロン」で開催された、ややギークオープンソースハードウェア「Arduino」のセミナーに参加してみた。主催は電子部品の通販サイト「チップワンストップ」、司会進行は(株)Cerevoの岩佐社長と鈴木さん。私はプログラムは書けない人間だが、2ch実況板で盛り上がってるチャンネルの動きをArduinoを使ってリアルの世界に持ち込むフィジカルコンピューティングを応用したデモは大変面白かった。
色々なWeb連携の応用アイデアはこちらのログを見ていただきたい。
http://kwappa.txt-nifty.com/blog/2009/05/vol1arduino-a27.html

2)躯体設計情報の安価で簡単なデータ編集・作成ツールの普及
プリント基板は既に設計データを用意すれば1ロットでも数万円、納期数日で製造を請け負うサービスが出てきている。プリント基板の通販「P版.com」を手掛ける株式会社インフローや「プリント基板.net」を提供する株式会会社キーストーンテクノロジーなどだ。
また、1枚の平面の絵から躯体の3Dモデルを作成する企業も出てきている。ニュージーランドPonoko社は、写真から立体を作り出すサービスとデザイナーをアウトソースするサービスを提供している。
現在のところ、コンシューマー向け日常商品の3次元データの作成といえば日本では主にゲーム向けキャラクターの開発などゲーム業界やアニメ業界などコンテンツ業界が担っているが、「モノづくり」と「コンテンツづくり」の区別が曖昧化する中にあって、ゲームやアニメ産業に強い日本は、「モノづくり」と「コンテンツづくり」をいったいのものと捉えて勝負できれば世界にない強みを発揮できるかもしれない。

3)躯体などを短時間かつ安価に出力できる装置やサービスの存在
家電の躯体が誰でもオンデマンドで安価に出力するための鍵となる出力機械が3Dプリンターだ。3Dプリンターとは、プラスチック・パウダーや金属パウダーと接着剤をプリンターヘッドに添加し、立体構造物の断面形状に合わせてレーザー光線が液体樹脂の中で照射することでプラスチック膜を形成し、この繰り返しで立体構造物をプリントアウトする装置だ。3Dプリンターはもともと試作用に使われた出力装置で10年位前は1000万円程度したものが、現在では150万円程度まで価格が低下してきており誰でも手の届くところまでやってきた。現在の3Dプリンターはまだ出力に半日から1晩程度の時間がかかるので個人専用とはならないが、仮にこの主力時間が1時間や数分まで短縮化できれば、何度もプリントアウトし修正を繰り返すことで自分の欲しいもののコンセプトを固めやすくなる。まさにオンデマンド生産の誕生だ。また、こうしたサービスを請け負う会社も出現しつつある。

OSHのビジネスモデル
家電ベンチャーを立ち上げるCerevoの岩佐社長の5月13日付のブログ「高度オープンソースハードウェアの現状とビジネスモデル」によれば、今のところ多種多様な電子部品を売っているTexas Instrumentなど大手チップメーカーがロングテールベンダー(家電ベンチャーなど)の裾野を囲い込むための手段として、自社の高価なチップを乗せたボードなどをOSH化し、これに付随するドライバ周りのソフトウェアもオープンソース・ソフトウェア(OSS)化すると共に、格安なEVM(Evaluation Module:評価開発ツール)をばら撒くことで、周辺部品需要も取り込んでしまうモデルがビジネス的には有力ではないかと言う。家電ベンチャーなど中小事業者にとっても、こうした構図の中で泳ぎながら、ソフトウェアの差別化で成長していくビジネスチャンスが生まれているという。

岩佐氏によれば、現在のOSHのビジネスモデルは3種類に分けられるという。
1つは、GainarやArduinoといった安価小規模マイコンなどのOSH。2つ目は、ChumbyのようなWebサービスプラットフォームを押えて置き、ここに接続するこをと前提にハードウェアをOSH仕様として公開してしまうモデル。3つ目は、最新鋭チップセットオープンソース・ソフトウェア(OSS)とセットにして、それを使った高度なEVM(Evaluation Module:評価開発ツール)と共にOSHとして提供し、最新鋭チップと周辺の自社電子部品を購買してもらおうというモデル。
岩佐氏によれば、1番目のGainarやArduinoはもともとアカデミックなNPO的な出自で余りビジネスの匂いがしないと言い、2番目のモデルもインフラを押えたら端末は無料のような通信事業者のようなビジネスモデルであり特殊なのではないかと言う。

TI はOSHとOSSを組み合わせることで両者の改善の相乗効果と自社部品需要を囲い込む優れたビジネスモデルだという。具体的にはBeagle(グラフィック・アクセラレータ内蔵の組み込み機器向けのボード)といった最新鋭チップセットを使ったボードをOSHとして、またドライバ周りのソフトウェアをOSSとして販売することで、ユーザーコミュニティの中で生まれた様々なOSS群によりOSHの使い勝手を改善させ、しかもTI社製の多数の部品を使わせるように仕向けているという。
大手チップメーカーの目論見が働いているのであれ、チップのOSH化はチップの応用分野でも新規ベンチャー企業のビジネスチャンスの場を生み出しているのは間違いないようだ。

ユーザー参加型ロングテール製品開発ビジネスモデル(まとめ)
OSHは、フィジカルコンピューティングにより電話をかけるだけで家の中の家電製品のスイッチをオンできるなど、新しいジャンルの家電製品のコンセプトを創り出せるようになった。また、基盤や躯体設計情報も通販や3Dモデル作成サービスなどの登場で、安価で簡単にデータ編集でき、作成ツールも入手できるようになりつつある。ここではゲームやアニメで培った「コンテンツづくり」が新時代の「モノづくり」に活かされるという従来考えもしなかった発想のパラダイムシフトが求められる。また3Dプリンターの発展・普及は究極のオンデマンド生産を可能にする。こうした一連の環境変化の中で、2020年に向けて、新たな家電ベンチャーが新しいコンセプトのロングテール商品を開発・販売していく領域が増えて行きそうだ。それだけではない。
フィジカルコンピューティングにより生まれる「キーボード」と「マウス」では実現できていない「人間とコンピュータの間の新しいコミュニケーション方法」に則った家電端末機器とクラウド上で起こっているセマンティック・ウェブなどの破壊的なイノベーションが組み合わさることで、更なる革新的なビジネスアイデアが生まれるだろう。

5月4日付けのエントリー「日本の電子情報産業のガラパゴス化からの脱皮を考える(その2)」で、技術立国日本がやるべきことは「理論」「システム」「ソフトウェア」が三位一体となったソフトウェア技術の確立だと書いた。
まさに家電のような日本を代表するモノづくりの分野においても、フィジカル・コンピューティングとクラウドコンピューティングによる破壊的なイノベーションの先を見越した「理論」「システム」「ソフトウェア」三位一体型の新しい製品・サービス・コンセプト作りが強く求められていると思う。これが単なるローコストオペレーションに留まらない家電産業のガラパゴス化を脱する1つの方向性のような気がする。


人気ブログランキングへにほんブログ村 IT技術ブログ IT技術評論・デジタル評論へにほんブログ村 経営ブログ 経営企画へ