日本の電子情報産業のガラパゴス化からの脱皮を考える(その2)

昨日のエントリーで新興国対応とソフトウェア化への対応が日本経済の構造的な課題だと書いた。クラウド・コンピューティングの進展はグローバル・ネットワーク経済化とシステムのオープン化を急速に促す。こうした中でガラパゴス化してしまった日本の電子情報産業がどのような変革が求められるのだろうか?
2月22日のエントリーで、宮崎智彦氏が書いた「ガラパゴス化する日本の製造業」を引き合いに、日本の電子情報産業が日本独自のハイエンド・カスタム製品市場では成功しているものの世界のボリュームゾーンを狙い撃ちした標準化製品への対応が弱いというイントロダクションを紹介した。だが、そのまま書き終わりにしていたので、今回は宮崎智彦氏の「ガラパゴス化する日本の製造業」の結論について紹介し、その実効性について考えてみる。

ガラパゴス化する日本の製造業

ガラパゴス化する日本の製造業

標準化をうまく利用した企業が優位に立つ
宮崎氏は、標準化、デジタル化、グローバル化が進む製造業の世界的潮流の中で、標準化をうまく利用した企業が優位に立つと言う。標準化ルールにはそれを作る国、利用する国、守る国があり、以下の7つのような傾向が考えられるという。

1. ルールを作った企業は日米欧が多い。
2. 韓国、台湾企業がルールを作ることは珍しい。
3. ルールを作った企業が必ずしも儲かるとは限らない。
4. ルールをうまく利用した企業が勝つ。
5. 世界のルールにすることが大切(国内のみでは不十分)
6. 特許の強い主張は1つの手段、執念が大切。
7. ルールを作らないのも選択肢。

デジタル化・グローバル化は、知財・人材の評価体系でも世界標準化を求めている
デジタル化は知財のコピー化やモノマネがしやすく、後発企業でも短期間でキャッチアップできるようになる。そのため、日本が得意とする製造業における擦り合わせの部分が狭まり差別化がしなくなる。差別化のためには、徹底的な特許保全のための裁判を仕掛ける攻撃的な知財戦略が重要になる。争いごとを好まない日本企業の国民性を改めなければならないということになる。
グローバル企業では一般的な給与体系、雇用体系における能力主義や、それから来る職に対する意識の日本企業との違いなども、日本企業の国際競争力を弱めている。

日本企業では、お互い手が空いている人間が協力しあうのが普通という平等主義の考え方が根底にあるため、能力主義を導入しても優秀な人材の登用や高い報酬のための評価ではなく、ダメな人材の給与カットや解雇の材料として使われていることが多い。そのため、下位層での格差拡大に繋がってしまっており、日本全体では高コスト構造を維持したまま、一歩間違えると企業の社員全員が沈没という事態になりかねない労働環境問題を孕んでいるという。日本本土でもグローバルスタンダード化が喫緊の課題になっている訳だ。

世界の大部分の消費者は必要以上の高付加価値路線を望んでいない

グローバルで水平分業化と専業化が進んでいる中で、日本企業の課題はひとえに「必要以上の高付加価値路線を世界の大部分の消費者は望んでいない」という視点を持つべきだという。「値段が安くて品質がよい製品」「値段が高くて高性能なカスタム製品」というダブルスタンダードを打ち破るには、世界のボリュームゾーンを持つ消費者が何を望んでいるかという視点を見失わないということに尽きるのだろう。


宮崎氏は、デジタル化・グローバル化が進む世界市場で勝ち抜くビジネス戦略として、韓国、台湾企業と直接勝負を避ける分野への進出が重要だと指摘している。日本の製造業が競争上優位に展開できる分野として、以下の7点を掲げている。

1. 擦り合わせ技術が活かせる分野
2. 機械的な機構部品が必要な分野
3. 環境問題などで厳しい制約条件がある分野
4. 製造ノウハウが外部流出しにくい分野
5. 命にかかわり、事故が絶対に許されない分野
6. 顧客から製造コストがみえないようにすること
7. 最先端の技術力を発揮できる成長市場がある分野

また、解決しなければならない課題として、企業再編やリストラが実現しやすい状況に企業体を整えておく必要があるという。
日本企業は擦り合わせ技術などを中心に様々な技術開発や改善の取組みを進めてきた結果、知財の帰属や部門や工場ごとの売却が容易にできないような組織・運営体制、コスト削減による利益創出の工夫が染み付いてしまっている。
また、米国や台湾企業のようにストックオプションなど経営トップへのインセンティブ原理が有効に働いていなかったり、労働組合の力が強すぎるという社会的なインフラ環境を如何に変えるかという点も指摘されている。

今、エレクトロニクス企業で進んでいるデジタル化、世界標準化の動きは自動車産業にも忍び寄ろうとしている。インドのタタ自動車は約30万円という低価格車NANOを売り出すというニュースは衝撃的だった。ただ、今後、自動車の中核が電気とモーター、それを制御する半導体に置き換わっていった場合、日系自動車メーカーが強みとしていた擦り合わせ技術を要する工程は減り、単純なアセンブリの組み合わせで良い部分が増えることで水平分業化が進む可能性は高いと思われる。

以上が、宮崎氏が「ガラパゴス化する日本の製造業」で分析・指摘した概要だが、正鵠を射てよく整理されていると思う。
但し、日本企業が具体的にどのような取組みをすればいいのかという施策については、課題の指摘に留まっていてやや突っ込みが足らないような気がするので、更に深堀りして考えてみたい。

技術立国日本がやるべきことは「理論」「システム」「ソフトウェア」が三位一体となったソフトウェア技術の確立

日本は明治維新以降、西欧の資本集約的な近代技術を受け入れるに際しても、日本固有の労働集約型の技術と労働の仕組みを踏まえて、目に見える独特の技術開発スタイルを生み出してきた。そこには経験を分かち合うことを通じて社員が以心伝心で意思を通じ合えるチーム作りや、企業の社長が作業服を着て社員と一緒に汗や油にまみれる文化、ひたすら作りこむことで精度を上げる技術者の執念など、欧米の経営者とブルーワーカーという関係には見られない独自の企業文化が育まれてきたと考えられる。
一方で、産業革命以降、技術の流れは道具から機械、システムへと技術を普遍化することで進化してきた。ただ、その普遍化の過程では、システムで普遍化されたコンピューター技術に代表されるように以心伝心という曖昧さが排除され、理論が取って代わる方向で進化している。

日本企業は、労働集約型のものづくりに強いが、もはや製造業自体が機械と機械、機械と人間など複雑に絡まりあうシステムの塊になっている。もはや以心伝心で町工場的な職人芸で乗り越えられる時代は終わっている。
クラウドコンピューティング時代は、組織のフラットシステム化を通じてこうした技術主体の交代が加速化し、複雑なシステムを理解するための理論と、そのシステムを作るためのソフトウェア作りが益々重要になっていくだろう。そこでは以心伝心ではなくシステムへの深い理解と、目に見えないものを見通すことのできる想像力が求められているといわれている。

携帯電話端末の開発でハードウェアの開発費が3割に対してソフトウェアの開発費が7割と言われるように付加価値の源泉がハードウェアからソフトウェアに逆転した今日、東京大学理化学研究所の木村秀紀名誉教授によれば、世界の技術のメガトレンドは「理論」「システム」「ソフトウェア」が三位一体となって普遍化してゆく方向に変わっており、ハードからソフトへ主役は交代しているという。日本の技術が克服すべき分野は、まさに「理論」「システム」「ソフトウェア」の強化であり、技術文化を変える必要があるという。
昨今、製造業で非正規雇用が増加していることが問題になっているが、技術の普遍化が進み熟練技術の必要性が低下している中では当然の流れだと考えられる。

3月に米国シリコンバレーの電気自動車ベンチャーテスラモーターズが2011年に量産型4ドアセダンの電子自動車を市販すると発表した。まだ工場も存在しないのに1週間で500台の受注予約が舞い込んできたという。電気自動車のように心臓部がエンジンではなくモーターや半導体になってしまうのなら新規参入は容易になり既存の自動車ビジネスの根幹を揺るがすことになろう。今、日本で10年後にトヨタ自動車が衰退するとは誰もが思っていないだろうが、2020年頃にしかるべき対応が遅れていれば、こうした話は現実のものになっていてもおかしくないだろう。

自動車が電気製品になる日も遠くないのだとすれば、得意とするハード技術で勝負するという消極的な発想から一歩踏み込む必要
宮崎智彦氏は「ガラパゴス化する日本の製造業」の中で、デジタル化・グローバル化が進む世界市場で日本企業が勝ち抜くためには、韓国、台湾企業と直接勝負を避ける分野への進出が重要で、擦り合わせ技術や機械的な機構部品製造などが活かせる分野などが競争上優位だと指摘している。
しかしながら、日本の得意分野に集中するだけでいいのだろうか?
ソフトとハードの付加価値配分が逆転した今日、日本が得意とするハード技術での量産分野のウェイトは低下していくだろうから、日本の世界シェアはますます細ってしまう。

今後、中国、インドを中心とするBRICs諸国は巨大な消費市場だけではなく、ソフトウェアの供給市場としても成長が見込まれるだろう。
自動車が電気製品になる日も遠くないのだとすれば、得意とするハード技術で勝負するという消極的な発想から一歩踏み込んで、理論、システム、ソフトウェアに見識のある新しいタイプの技術者を生み出す人材育成計画やこうした分野にチャレンジするベンチャー企業を強力にバックアップする取組みが喫緊の課題になっているということなのだろう。

人気ブログランキングへにほんブログ村 IT技術ブログ IT技術評論・デジタル評論へにほんブログ村 経営ブログ 経営企画へ