ソフトウェア企業の競争戦略 〜戦略的アーキテクトのために

日本は米国に次ぐ世界第二位のソフトウェア生産国であるにも関わらず、ゲームソフトを除くと海外に輸出されるソフトウェア製品は皆無に等しい。日本のIT企業ではゼネコン的なシステムインテグレーターは多数存在してもグローバルベースでビジネスとしてのソフトウェア開発を行い業績を伸ばしている企業は少ない。
確かに、富士通やNEC、日立のような日本のソフトウェア企業が作る製品はバグが少なく、品質は世界トップクラスだし、組み込みソフトなど機能の安定性が重視される分野では競争力がある。しかしながら、マイクソフトやアドビのように、多少バグがあっても、市場ニーズにタイムリーに応える商品を出しながら成長し、「プラットフォーム」をおさえて利益を挙げる(いわゆるデファクトスタンダード戦略)企業は皆無で、ここはアメリカ企業の独壇場になっている。
以前から私はこのブログで、今の日本では、プロダクト・イノベーションによりソフトウェア設計中心の製造業へのパラダイム・シフトが必要だと書いてきた。そこでは日本がこれまで苦手としてきたソフトウェア的な基本アーキテクチャーの設計力の建て直しが必要だと思われるが、それは日本のソフトウェア企業のビジネスモデル構築力を如何に建て直し、ICT産業の国際競争力を持てるのかにも相通じるものだと思う。
丁度、MITスローン経営大学院のマイケル・クスマノ教授が書いた「ソフトウェア企業の競争戦略」という和書にはない教科書的な本が、そのヒントを出してくれている。そこで、本書の第2章で示されているクスマノ教授が提言している6つのソフトウェア企業戦略の概要をまとめておくことにした。

クスマノ教授の「ソフトウェア企業の競争戦略」は、相当の紙数を第4章のソフトウェア開発のベスト・プラクティスにも割かれており、具体的な開発手法の指針も示されるなど、戦略論やビジネスモデルだけの本とも異なるソフトウェア企業経営者やソフトウェア起業家への経営戦略指南書になっている。
実践的なソフトウェア企業経営戦略へのクスマノ教授の提言は、ソフトウェアベンチャー起業の指針として役立つののみならず、同時に日本のICT産業論で全く欠けているビジネスとしてのICT産業のアーキテクチャを考える上での貴重な切り口を提供してくれるものとだと思う。

1.主として製品企業を目指すのか?サービス企業を目指すのか?
ソフトウェア企業経営者は、事業戦略のターゲットの目標としては、ハイブリッド・ソリューション型を目指すのが賢明だという。その理由は、製品とサービスの両方をバランスよく販売し、メンテナンスそのものをアップグレードしたり、特別な機能拡張を含むサービスを提供することにより、概して利益率が高い企業が多いからだと言う。

ハイブリッド・ソリューション型が有利な理由は、ソフトウェア技術が複雑でカスタマイズ性が高いソリューション販売の傾向が高くなる結果、ユーザーが長期間にわたって特定メーカーから離れられなくなるロックイン効果が生じるためと分析する。
製品販売の最大のメリットは、同じソフトウェアを大量にコピーして販売することによる規模の経済性が生かせること。
従って、利益成長を望む際はこの規模の経済性が成長に大きく寄与する製品販売に注力し、コモディティ化や不況時などの販売不振時は、安定収益源となるコンサルティングなどのサービス事業に注力するといったバランス感覚を持つことが重要になる。
また、ハイブリッド企業を目指す場合、チャネル・パートナーとの利害対立を避けるためにも、インテグレーションとカスタマイゼーションサービスをサードパーティに委託することは重要だと指摘する。なぜならば、ハイブリッド・ソリューション型で成功したマイクロソフトやSAPを見ると、皆、インテグレーションとカスタマイゼーションサービスをサードパーティコンサルタントやソリューション・プロバイダーなど他社に依存している。


2.どのような市場をターゲットを狙うべきか(マス・マーケットかニッチ・マーケットか?個人か法人か?)
マス・マーケットを狙うべきかニッチ・マーケットを狙うべきか?
ソフトウェア・ビジネスには多くのニッチ・マーケットと少数のマス・マーケット(OSやデータベース製品、市販アプリケーション・パッケージなど)が存在する。そのため、多くのソフトウェア起業家にとっては、ニッチ・マーケットでの製品・サービス提供やオープンソースなどの出口戦略を目指すことが有効。
但し全般論としては、法人向けであっても個人向けであってもできるだけ大きな市場を狙うのが合理的だと言う。ただ、異なるタイプのユーザー層に効果的に販売するためには多様な戦略と組織力が必要になる点は留意が必要。

法人向けか?個人向けか?
法人向けソフトウェア企業がメインストリーム市場に到達するためには、ジェフリー・ムーアが言うホールプロダクト・ソリューションを提供する必要がある。即ち、信頼性の面でも強固で、保守派のレイト・アダプターにとっても使い易く、分かり易い説明書や完全なテクニカル・サポートの提供などが十分備わっている必要がある。
法人向けは、販売後の保守・メンテナンスサービスやカスタマイズ要求などによりコストがかさみ利益が大幅に減少する可能性がある一方で、販売する顧客の業界仕様にカスタマイズすることで、使いまわし販売できるメリットもある。こうした両者のデメリット・メリットを充分斟酌することが大事だ。
一方で、収益的には、個人向けは、ヒットすれば莫大な利益が入るが、続篇やアップグレード製品を売るのは前よりも難しくなるといったリスクがある。また人気製品を持つ企業でもカスタマーサポートサービスのサポート費用の増加で赤字にあるリスクもある。

3.製品ラインナップと市場セグメンテーション
すべてのPCユーザーをターゲットとする水平型市場を狙う場合、莫大な投資とスキルの獲得が必要になるため、経営資源が足りないうちは水平市場で戦うべきでない。
また競争力が高いソフトと競争力が低いソフトを抱き合わせ販売した場合、往々にして競争力の低いソフトを改良しないまま放置しておくケースが多く、その場合、あとで修正モジュールの提供などの費用増に繋がることが多いことに留意が必要。従って安易な抱合せ販売は慎むべきとのこと。また、成長と多角化に重きを置きすぎないようにすることも肝要だと付言している。

4.継続的な売上確保で景気の波を越える
景気の波に左右されない予想可能な売上を確保しておく経営が重要だと指摘。ソフトウェアビジネスは、サービスとメンテナンスが継続的な売上を生み出す構造。また、製品販売においてもアップグレードで上位のみ互換性を持たせるなどの仕組みを入れることで予想可能な売上を作ることができる。こうした特性をビジネスモデルに組み込んでおくべきだ。

5.メインストリーム市場の顧客を狙うか、キャズムを回避しようとするのか?
ジェフリー・ムーアはその著書「キャズム」において、変革の手段を求めようとしているアーリー・アダプター(先駆者)と目の前にある業務の生産性改善の手段を求めているアーリー・マジョリティ(早期購買多数層)の間にキャズム死の谷)が存在すると見ている。ムーアは、キャズム死の谷)を越えるためには、メインストリーム市場の顧客(保守派)が欲しがるサービスやサポートを提供するホールプロダクト・ソリューションを1つか2つのニッチな市場向けに開発する必要があると説く。
これに対し、クスノマ教授は、確かに、アーリー・アダプター市場で急速に売上が伸びるので、そのまま販売強化のための投資をしてしまい、その市場がなくなったときに売上が急減するジレンマを解決するのにホール・プロダクト・ソリューション戦略は正しいと指摘。

但し、ソフトウェア製品企業が成功するためには、ジェフリー・ムーア以外の見方もあると言う。そもそもソフトウェア企業の場合、キャズムを越えメインストリーム市場で成功するためには、自社製品がどうすればマス・マーケットでの業界標準になるか、どうすれば他の企業や顧客も利用できるプラットフォームになれるかを理解することが重要。
一方で、メインストリーム市場に出て行かなくてもニッチ市場でも充分成功できるケースもある。また、ゼロスタート企業でも既存の他の経営資源を活用して一気にメインストリーム市場に到達してしまうこともできると。例えば、IBMが既存顧客との信頼関係を利用してPCをメインストリーム市場に投入できたケースや、マイクロソフトが1980年にIBMとDOSの契約を結び同社のその後の成長の起点を築いたことを挙げている。

6.目指すのはリーダーかフォロアーか、それとも補完製品メーカーか?
多くのハイテク市場で重要なのは、技術がいかに高度であるかでも、市場の先駆者であるかでもなく、自社がマーケットリーダーになれるポジションにいるかどうかだと言う。言い換えれば、自社製品はユーザーに最も普通に使用される製品足りうるかどうかだ。
テクノロジー・リーダーは必ずしもマーケットリーダーではないと指摘。
多くのハイテクのマス・マーケットやニッチ・マーケットでは、互換性のあるコア製品や補完製品に依存しがちなため、どうしても一定の業界標準に引き寄せられがちになるためプラットフォーマーが業界リーダーになりやすい。
プラトフォーム・リーダーは、どの補完製品をどの企業に任せるかといった梃子の作用を働かせることができる。また、製品技術(アーキテクチャー、インターフェイス、知的財産)に関しての決定権を持てる。だが大半のソフトウェア企業はプラットフォームの補完製品メーカーになるのも事実だ。

ソフトウエア企業の競争戦略

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