逆転のグローバル戦略 〜ローエンドから攻めあがれ

今年初めの1月2日付のエントリーで、2010年は日本のGDPが中国に抜かれて世界第3位に転落する大きな転機を迎えるなど、日本企業を取り囲むグローバルな競争ルールは一変していると述べた。その中で、日本企業は、贅肉を落とした縮小均衡と新たな成長という一見すると矛盾したスタートを切らねばならず、過去に経験したことがない斬新な成長戦略の切り口が必要になると述べた。その新しい成長戦略の答えを示してくれた著書が、アクセンチュアの西村裕二氏が書いた「逆転のグローバル戦略 〜ローエンドから攻めあがれ」だ。
日本市場の世界市場における位置づけが今後着実に低下していくことは間違いない。日本市場にのみ拘ることは日本企業にとって得策ではなく、海外市場に大きく打って出ることのみが有効な戦略となるのだろう。
日本企業の収益力の低下の大きな原因はグローバル化の遅れであり、次の好景気には先進国企業だけではなく、新興国企業が強力な競争相手として現れてくる。その前に、不況の今こそグローバルなハイパフォーマンス企業に学びパラダイム・シフトを狙う最後のチャンスだと西村氏は述べる。

アクセンチュア流 逆転のグローバル戦略――ローエンドから攻め上がれ

アクセンチュア流 逆転のグローバル戦略――ローエンドから攻め上がれ

不況の今こそ求められるパラダイム・シフト

西村氏は言う。不況期をどのように過ごしたかで数年後以降の業績が大きく異なると。
不況時にはリストラや一律のコストダウンで不況そのものに対応するのではなく、不況があけた後の状況を予測し見極めながらその新しい環境に対応することを考えることが重要だと。我々が適応すべき新しい環境は、経済の主役が日米欧の3極から多数の新興国に移る多極化世界で、それに対応したオペレーションを考えることが大事だと。

多極化する経済を牽引する3つの力
多極化する経済を牽引する力として3つの力がある。
1つ目は、情報通信技術の発達だ。SaaSを代表するクラウドコンピューティングや、Web技術を基礎としたSNSのような新しいソーシャルサービス。ITの発達によりこれまで多くのシステム開発サービスやビジネスプロセスのアウトソーシング事業を新興国にもたらし、新興国の技術基盤を底上げしてきた。
2つ目は、経済開放を推進する新興国の政策の変化だ。特に2001年に中国がWTOに加盟し加盟したことは、先進国と新興国の経済的な相互依存関係のレベルを高めることになった。
3つ目は、多国籍企業が活動地域を新興国へと移し規模を拡大させた結果、新興国多国籍企業にとっての新たな資本と労働力の供給源となっていったことだ。

新興国は重要な消費市場に育ってきており、2025年までには購買力平価ベースで世界消費の半分以上を占めるようになると言う。また、イノベーション、人材、資本の供給源としても新興国の存在が大きくなってくる。

ローエンド商品での創造性の発揮が重要に
多極化世界を構成する消費者の大半は貧困層と中間層であり、低価格化に創造性を発揮し、いいものを安く提供するするグローバル版の水道哲学の考え方が日本企業の浮上にとって重要になると言う。
こうしたグローバル化を実践するにあたっての壁とされる、経営を任せられる人材と英語を話す人材の確保にあたっては、30代若手を関連会社の経営者としてチャレンジさせる将来リーダー育成プログラムと同時通訳の手配でカバーできるので心配ないと言う。

多極化時代のハイパフォーマンス企業の特徴

グローバル経営を成功させる秘訣は、「市場創造力」「M&A力」「ものづくり力」「グローバルオペレーション力」「経営管理力」の5つであり、多極化時代のハイパフォーマンス企業の条件だと言う。
1.市場創造力
市場創造力では、先進国での方法に固執することなく、その国・地域の人々にとって身近な製品開発や販売チャネルを探りながら地道なシェア拡大を図ることが重要だと言う。
2.M&A
M&A力では、規模拡大のためのM&Aもさることながら能力獲得のためのM&Aを地道に積上げていく経験力が重要だと言う。
3.ものづくり力
ものづくり力では、高付加価値品を作ることから安くていいものを作ることにシフトさせることが必要だと言う。抜本的なコストダウンのためには、「製品プラットフォーム化」「部品の共通化」「サプライヤの集約化」「研究・開発投資を設計・デザインなど川下へのシフト化」が重要になると言う。
4.グローバルオペレーション力
グローバルオペレーション力を高めるためには、深さから広さにシフトすることが大事。サプライチェーン業務や財務・経理業務、人事・総務業務など管理業務をグローバル標準化することで、製造工場の標準化、業務のグローバルレベルでの可視化、企業間での標準化による在庫や業務コストの削減などの効果をもたらす。
バックオフィス業務の標準化にあたっては、情報システム費用の抑制やIT化した業務を海外の低コスト地域に集約化することにより、さらなるコストダウンが可能になると言う。
5.経営管理
経営管理力を上げるためには、「予算立案から経営管理までのPDCAサイクルを多頻度化すること」「予測により未然のうちに対応を考え迅速なアクションを講じる予防型経営管理」「財務・顧客・業務プロセス・従業員の観点から行う多面的経営管理」の実施が重要になる。また、資金、人材、イノベーションなどの経営資源の国境や組織を越えた有効活用も重要になる。

市場創造力を上げるとは、市場参入から市場創造へ発想を変えること
新興国市場で市場を創造するためには、他社とは差別化された事業や製品に絞った展開、現地でのベストなビジネスパートナーの確保、経営トップの強いコミットメントが重要。その上で、ローエンドを狙う、ローカルニーズに適応する、ビジネスモデルを革新する、インフラを構築する、ブランドを構築するといった方策を採る必要がある。

M&A力を高めるとは、足し算から掛け算のM&Aへ発想を変えること
日本企業にはこれまで本業意識や自前意識にこだわる余り、一部の企業を除いてM&Aを戦略的に活用しようとする発想が不足していた。
能力獲得型のM&Aには「グロ−バルな販路を持つ会社がローカルな販路を持つ会社を買収するケース」「製品力や技術力に強みを持つ企業が流通ネットワークに強みを持つ会社を買収するケース」「製品力や販売力を持つ企業が生産拠点の獲得を狙って買収するケース」の3パターンがある。
能力獲得型M&Aは、自社の強みを梃子に買収先の企業の業績を何倍にもすることを狙うものなので、自社の強み×買収先企業の強みの掛け算のM&Aになる。
その際、経営者のコミットメント、中長期的な視点に立ったM&A戦略、割安な会社ではなくいい会社を見つけること、最初に戦略立案・実行・統合を見通して置くこと、逆張りの発想で投資する、できるだけ買収先の自立性を尊重するスピーディーな統合が成功のコツになる。

ものづくり力を高めるとは、ローカルニーズを吸い上げつつグローバルでハイパフォーマンスを得るものづくりを目指すこと
日本メーカーの価格競争力の低下要因は、もののコストにおける生産現場の占める割合の低下にある。そのため、生産現場のみのカイゼン活動を超えて、バリューチェーン全体をスコープとしてグローバルでト−タルコストを下げる改革が求められていると言う。
ガラパゴス化した高価格の日本の携帯電話を例に取れば、感度の高い消費者に対しては主に製品の概観を差別化して応えつつ、製品内部はシンプルなつくりにして製品間での部品の共通化を進めてスケールメリットを追及することが重要になると言う。
ローカルニーズを吸い上げつつグローバルでハイパフォーマンスを得るものづくりを目指すためには、以下のような発想転換が必要だと言う。
(1)儲かるような利益管理を行うターゲットコストの見極め
(2)提供しない機能を決めて価値を絞る
(3)内部の多様性を減らしつくりをシンプルにする
(4)ベストなサプライヤーを選択してバリューチェーンを構成し、グローバルベースでのドリームチームを作り協業する大胆な外部化を進める
(5)ゼロからの製品開発ではなく、各国・各地域の製品へのニーズや嗜好の徹底研究に基づき、競争力の源泉となるコア技術や擦り合わせ技術のみへ投資し、他はアウトソースする


3年でハイパフォーマンスを実現するための4つの課題テーマ

3年で日本企業がハイパフォーマンスを実現するために、4つの課題テーマが掲げられている。
1.価値観を変える
内需信仰とハイエンド志向、自前主義、カイゼン志向、現場への権限委譲の見直し(組織力の強化により組織への帰属による安心感の元で確実な収入と高いキャリアへの要望の高まりへの対応)が必要。
2.できない理由を排除する
「グローバルなスケールが充分でない」「任せられる人がいない」「英語を話せる人が少ない」といった固定概念の克服が大事。
3.ハイパフォーマンス企業への進化のアプローチ
「夢と社会的使命で変革エネルギーを高める」「変革の効率性を高める」「しがらみを断ち切る」
4.ラストチャンスを活かし、再び世界の頂点へ
今後、世界経済が回復すれば先進国企業も新興国企業も積極的な成長戦略を取ってくる。欧米人は大きなアイデアを出すのは得意だが、深く掘り下げることは苦手と言われるが、日本人が大きなアイデアを出すことに努力し、得意の深く掘り下げることを継続すれば、欧米型のハオパフォーマンス企業には真似のできない経営スタイルを構築することが可能になる。 

将来に対する悲観論で終わらず、これまでのアクセンチュアコンサルティング研究から得られた明確かつ具体的な処方箋が示されていると思う。